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第77話 「小さな歪み」

 朝だった。


 拠点は、動いている。


 水。


 食料。


 見張り。


 すべてが。


 昨日よりも、整っていた。


「水の配分、今のままでいけます」


「了解、昼前に一回見直す」


 声が飛ぶ。


 でも。


 荒れていない。


 怒鳴り声もない。


 自然に回っている。


 中心にいるのは。


 黒崎 恒一。


 桐谷 恒一郎。


 桐谷 直子。


 白峰 恒一。


 大人たちが。


 拠点を回している。


 悠真は、少し離れて見ていた。


「……完全に任せていいな」


 小さく言う。


 白峰(子)が頷く。


「機能している」


 蓮斗が笑う。


「俺ら、やることなくね?」


 玲奈は何も言わない。


 ただ。


 外を見ている。


 ダンジョンの方向。


 その時。


「……あの」


 小さな声。


 振り返る。


 黒崎 美月。


「……ちょっといい?」


 悠真が近づく。


「どうした」


 美月は少しだけ迷って。


「……なんか」


 言葉を探す。


「……おかしい気がする」


「何が」


「……わかんないけど」


 はっきりしない。


 でも。


 違和感は本物だった。


 悠真は周りを見る。


 拠点は回っている。


 問題はない。


 むしろ。


 うまくいきすぎている。


 その時。


「……見えているか」


 低い声。


 黒崎 恒一。


 いつの間にか。


 後ろに立っている。


「……じいちゃん」


 黒崎 恒一は、視線を外に向ける。


「中は安定している」


「だが」


 少し間を置く。


「外は、何も変わっていない」


 その言葉。


 静かに落ちる。


 悠真も外を見る。


 ダンジョン。


 黒い穴。


 あの日から。


 ずっと。


 そこにある。


 終わっていない。


 何一つ。


「……ああ」


 小さく頷く。


 拠点は守れている。


 でも。


 世界は。


 守れていない。


 そのズレ。


 それが。


 違和感の正体だった。


 その時。


 少し離れた場所。


 子供が一人。


 座っている。


 誰も気づいていない。


 みんな。


 動いているから。


 役割があるから。


 止まれない。


 美月がそれを見る。


 少しだけ顔をしかめる。


「……あの子」


 自然に動く。


 近づく。


「……どうしたの?」


 声をかける。


 子供は少しだけ驚いて。


「……なんでもない」


 でも。


 目が違う。


 怖い。


 そう言っている。


「……ダンジョン」


 小さく呟く。


「……また来る?」


 その言葉。


 空気が少し止まる。


 誰も。


 すぐには答えない。


 その時。


「……来る」


 黒崎 恒一が言う。


 嘘をつかない。


 でも。


「ここは守る」


 続ける。


 短く。


 強く。


 子供が少しだけ頷く。


 でも。


 完全じゃない。


 不安は残る。


 美月が座る。


 その隣に。


「……怖いよね」


 小さく言う。


 否定しない。


 そのまま受け取る。


 子供が少しだけ泣く。


「……うん」


 本音だった。


 守られている。


 でも。


 怖い。


 それは消えない。


 悠真はそれを見る。


 理解する。


 守る。


 それは。


 戦うだけじゃない。


 こういうものも。


 全部だ。


「……まだ足りないな」


 小さく言う。


 黒崎 恒一が頷く。


「そうだ」


「守るとは、そういうことだ」


 拠点は回っている。


 でも。


 それで終わりじゃない。


 その日。


 一つ決まる。


「……外を見る」


 悠真が言う。


「ダンジョンの動き、確認する」


 止まらない。


 ここで終わらせない。


 先に進む。


 それが。


 自分たちの役割だから。


 守れていても、終わっていない。


 その事実に。


 全員が気づいた日だった。



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