第449話「昼の湯気」
昼前になると、神城家の庭には穏やかな笑い声が広がっていた。
補修を終えた柵は新しい木の香りを漂わせ、畑では子どもたちが水やりを手伝っている。
美月は台所で大きな鍋をゆっくりとかき混ぜていた。
煮込まれた野菜の甘い香りが家中へ広がり、誰ともなく「もうすぐお昼だな」と口にする。
「今日はたくさん作ったの。」
鍋の蓋を少し開け、美月は優しく微笑んだ。
「見回りの人も帰ってくるでしょう?」
「そうだな。」
悠真は薪を割る手を止め、庭へ視線を向けた。
少し離れた場所では、補修班が壊れた荷車の車輪を外している。
誰も急がない。
誰も怒鳴らない。
困った人がいれば、自然と誰かが手を貸していた。
世界は変わってしまった。
それでも、人が人を思いやることだけは、何一つ変わっていない。
やがて蓮斗たちも戻ってきた。
「今日も異常なし。」
汗を拭いながら腰を下ろす。
「異常がないって報告が、一番ありがたいな。」
恒一が静かに頷いた。
食卓へ運ばれた温かなスープを囲み、それぞれが今日の出来事を少しずつ話す。
誰かが畑で見つけた小さな花。
誰かが直した井戸の滑車。
子どもたちが捕まえた虫。
どれも世界を変える話ではない。
けれど、この場所では何より大切な話だった。
悠真は静かに湯気を見つめる。
今日という日が、昨日の続きを生きている。
それだけで十分だった。
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