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第429話「恒一の防衛線」
夜。
黒崎恒一の執務室。
老人は、机の上に広げられた群馬管区の旧防衛マップを眺めていた。
東京本部の直轄部隊が動くとしたら、ルートは高崎方面からの旧国道一号線しかない。
地形は把握している。
兵力の実力差は圧倒的だが、この侵食後の世界において、大軍を維持することがどれほど困難であるかも、恒一は知り尽くしていた。
「翁、自衛隊の地方部隊から連絡がありました」
補佐官が硬い表情で入ってきた。
「本部長からの命令により、彼らは明朝を以て我が拠点への支援を打ち切り、撤退を開始するとのことです」
「そうか」
恒一は振り返ることもなく答えた。
「彼らも国家の組織だ。中央の命令には逆らえん。引き止めるな。丁重に見送ってやれ」
「しかし、これで北方の検問所は完全に無人になります」
/「無人で構わん」
恒一は杖を床に突いた。
「最後まで人間側にとどまる。その意味を、東京の若造どもに教えてやるだけだ。王を作らず、支配もせず、ただこの土地を維持する。その泥臭い防衛戦のな」
老人の背中には、この過酷な状況を支える圧倒的な「静かな圧」が漂っていた。
急速な解決を望まない、拠点の柱としての冷徹な判断だけが、暗い部屋の中に重く残されていた。




