第416話「恒一の拒絶」
夜。
黒崎恒一の執務室。
机の上の古い固定電話が、不気味なベルの音を鳴らしていた。
恒一は書類に目を落としたまま、受話器を取り上げることもしなかった。
呼び出し音は十回以上続き、そして不意に切れた。
数分後、再び同じ音が部屋に響き始める。
東京の本部からの、直接の催促だった。
「翁、出なくてよろしいのですか」
補佐がドアの側で硬い声で尋ねる。
「出すな」
恒一はペンを動かした。
「あいつらは言葉を求めている。自分たちの都合の良い枠組みに、この群馬の現実を当てはめるための言葉をな」
「しかし、物資の流通を完全に止められる可能性も……」
「止めればいい」
老人は手を止め、ようやく顔を上げた。
「俺たちは三か月間、自分たちの力だけで食い繋いできた。東京の施しがなければ維持できないような拠点は、最初から長続きせん」
恒一の目は、濁りのない冷徹さを保っていた。
最後まで人間側にとどまる。
そのルールを破り、王の座や支配権に手を伸ばした者がどうなるか、彼はこれまでの歴史で嫌というほど見てきた。
電話の音が三度、鳴り響き、そして今度は完全に沈黙した。
「悠真に降下の準備をさせろ」
恒一は短く指示を出した。
地上の焦燥を置き去りにしたまま、彼らの時計は独自の速度で進んでいた。




