第411話「七月四日の日常」
朝。
拠点の外壁の上。
見張り班の交代が終わり、冷たい風が新しい防寒服の襟を揺らしていた。
七月に入っても、群馬管区を包む白影の輪郭に変化はなかった。
二日間の空白の間も、世界断面の数値は静止した状態を維持し続けていた。
それは救いではなく、単なる一時的な猶予に過ぎない。
悠真は外壁の縁に手をかけ、遠くの山並みを見つめていた。
山肌を這うように広がる侵食の霧は、動かないままそこにある。
「悠真、自衛隊のトラックが着いたぞ」
蓮斗が下から声をかけてきた。
「分かった。すぐ行く」
悠真は短く答え、階段を降りた。
トラックの荷台から下ろされているのは、東京の神城勢力本部から送られてきた備蓄米の袋だった。
名目は「共同防衛のための支援物資」だが、その実態が群馬のデータ開示を迫るための布石であることは、拠点の誰もが知っていた。
世界は彼らの都合とは関係なく動いている。
「受け取りのサインは俺がしておいた」
蓮斗がノートを閉じながら言う。
「東京の使者は、お前に会いたがっていたがな」
「会う必要はない」
悠真は物資の山を見据えた。
「俺たちがやることは変わらない。この場所を維持するだけだ」
英雄としての凱旋も、派手な交渉もない。
ただ、届いた物資を倉庫へ運ぶ地味な作業が、今日も静かに始まっていた。




