第375話「断面の静寂」
朝。
蒼月残存区域の境界線。
白影がもたらす影が、雪原の上に長く伸びていた。
観測班から上がってきたデータは、今朝も昨日と全く同じ数値を指し示していた。世界断面の数値は固定されたままである。東京も、九州も、そしてここ北海道の端も、等しく同じ静寂の中にあった。
蒼月レインは外壁の上に立ち、その境界線を眺めていた。
「変わらない、というのは奇妙なものですね」
補佐官が後ろで防寒服の襟を立てながら言った。
「いつもなら、何かが起きる前には必ず予兆がある。だが、今はその予兆すらも凍りついているようだ」
蒼月は答えなかった。
ただ、風が外壁布を揺らす音だけを聞いていた。
世界は救われない。その前提を、蒼月は最初から受け入れている。
いま目の前にある静寂は、災害が去った証拠ではない。巨大な隔離装置が、その内側に莫大な負荷を抱え込んだまま、かろうじて均衡を維持しているだけの姿だった。
「神城悠真は動くでしょうか」
補佐官が重ねて聞く。
「彼は動くでしょう」
蒼月は短く言った。
「彼は征服者ではない。だからこそ、この静けさの意味を誰よりも理解しているはずです」
二人の視線の先で、白影の輪郭が朝の光に透けていた。
壊れないように見守る。その意志だけが、この凍てつく区域の輪郭をかろうじて維持していた。




