第374話「記録の重み」
夜。
白峰蓮の部屋。
一本のペンが、ノートの上を規則正しく滑っていた。
第363話から第374話までの出来事。地下への降下、無線機による接触、玲奈の翻訳、そして地上の静止。すべてが蓮の文字で、淡々と書き連ねられていた。感情は一切含まれていない。驚きも、恐怖も、安堵も、その紙の上には存在しなかった。ただ、起きたことの事実だけが、黒いインクとなって固定されていく。
「これで、今日の分は終わりだな」
蓮斗が部屋の隅で、ナイフを手入れしながら言った。
蓮は答えず、最後の行に日付を書き入れた。
【六月二十八日・深部反応安定。白影、三箇所において静止を継続】
「この記録、いつまで続けるんだ」
蓮斗がナイフを鞘に収める。
蓮はインクが乾くのを待ちながら、静かに言った。
「この侵食が終わるか、あるいは、私たちが書けなくなるまで」
「そうか」
蓮斗はそれ以上聞かなかった。
世界は救われない。魔王も消えない。だが、今日という一日を維持したという事実が、この一冊のノートに刻まれている。後で誰かが読む。その誰かが誰であるかは重要ではなかった。ただ、世界が壊れないように見守り続けた人々の記録が、ここに確かにあるということ。それが、この終わりの始まった世界における、彼らの唯一の抵抗の形だった。蓮は静かにノートを閉じた。




