第373話「次の段階への予感」
夕方。
外壁の上。
悠真は一人で、沈みゆく太陽を見ていた。
西の空が赤く染まり、その中に白影の輪郭が黒く浮かび上がっている。動かない影。だが、それがもたらす静かな圧迫感は、地上を確実に満たし続けていた。群馬での均衡は保たれた。東京からの通信でも、世界規模で動きが止まっていることが分かった。しかし、これが長続きしないことは、悠真自身が一番よく知っていた。
「悠真」
後ろから美月が歩いてきた。
手に、温かいお茶の入った缶を持っている。一つを悠真に手渡した。
「東京の人たち、何か言ってた?」
美月が隣に並ぶ。
「世界中で影が止まってるらしい」
悠真は缶の温かさを手のひらで感じながら言った。
「みんな、偶然だと思ってる。あるいは、新しい災害の前触れだと」
美月が小さく息を吐く。白い息がすぐに消えた。
「みんな、怖いのを隠すために名前をつけたがるよね。でも、本当は名前なんてないのに」
玲奈が地下で拾った言葉を、美月もまた、別の形で感じ取っているようだった。
侵食段階は進んでいる。違和感から小規模侵食、そして地域侵食へ。今はまだ、この区域の中で持ちこたえているに過ぎない。いずれ、この静止が破れる時が来る。その時、自分は次の手を持っているだろうか。悠真は静かに、ポケットの奥にある空の感覚を確かめていた。




