第368話「玲奈の翻訳」
深夜。
地下。
青い光の中。
玲奈は膝をついていた。
流れ込んでくる情報の密度が、数分前とは比較にならないほど上がっていた。耳を塞いでも聞こえる音。目を閉じても見える青。それが彼女の感覚の境界線を削り取ろうとしていた。だが、玲奈は拒まなかった。息を深く吐き、自分の内側にできた新しい通路へ、その音を流し込んでいく。
「玲奈、大丈夫か」
蓮斗が横で肩を支えようとする。
玲奈は手を振ってそれを制した。
「大丈夫」
声は掠れていたが、はっきりとしていた。
「言ってる……」
悠真が壁に手を当てたまま、玲奈を見る。
玲奈は視線を動かさないまま、言葉を一つずつ拾い上げるように紡ぎ出した。
「『名前がない』って。ここの場所にも、自分にも」
短い沈黙。
「『ずっと待っていた』。だれかが触るのを。でも、だれも触らなかった。みんな逃げるか、こわすか、どちらかだったから」
壁の光が、玲奈の言葉に合わせて小さく揺れた。
深部は、ただの現象ではなかった。恐怖や絶望が蓄積してできた世界病。その底にあるのは、意思を持たない管理システムのはずだった。だが、数百年もの間、世界を維持するために隔離を続けてきたそのシステムは、気がつけば寂しさに似た何かを宿していたのかもしれない。玲奈の拾った言葉が、地下の冷たい空気を少しずつ変えていった。




