第363話「伝える準備」
夜。
拠点地下への入り口。
悠真は古い鉄の扉の前に立っていた。
次に持っていくものを決める必要があった。深部へ伝えるための、言葉ではない何か。それを悠真は、この三日間考え続けてきた。ただ触れるだけでは足りない。それは先の観測結果が証明している。静止はしているが、解決はしていない。深部は今も、その巨大な質量を維持するために、目に見えないところで磨耗し続けている。放置すれば、いずれまた動き出す。
「これ」
ぴーちゃんが悠真の足元を指さした。
小さな、古い無線機だった。
かつて神城家が拠点内で使っていた、初期の通信端末。今はもう動かない。だが、悠真はそれを拾い上げてポケットに入れた。機械として機能させる必要はなかった。ただ、こちら側が「通信を試みようとしている」という意思の形。それを深部に提示するための、一つの道具として選んだ。象徴としての物。それがあれば、ただの手のひら以上の意味を、壁に伝えることができるかもしれない。
白峰蓮が後ろから歩いてくる。
「記録紙の予備は増やした」
短く言う。
「次がどう動くか分からない。変化の瞬間を逃すわけにはいかないから」
悠真が頷く。
二人の間にそれ以上の会話はなかった。何をすべきかは、すでに数字と事実が示している。世界は救われない。だが、維持する手段はある。そのための準備を、彼らは静かに進めていた。地上の風が、鉄の扉を小さく叩いた。




