第361話「影の歩み、止まる」
昼。
外壁上。
見張り班が双眼鏡を北に向けていた。
影はいる。
遠い。
昨日南へ一歩動いた。
今日は動いていない。
担当者が確認する。長い沈黙。動かない。昨日の位置から変わっていない。双眼鏡を下ろして、もう一度上げる。また確認する。変わらない。影が動いたのは三か月ぶりだった。鐘が鳴った夜が昨夜で、今日は静止している。これが一時的なものか、変化の始まりなのか、担当者には判断できなかった。判断できないことを判断しないのがこの区域のやり方だった。記録する。それだけをする。それが三か月かけて積み上げてきたやり方だった。
「止まってる」
短く言う。
もう一人が確認する。
「同じ位置だ」
頷く。
しばらく二人で見ている。
「観測続けます」
担当者が言う。
「うん」
もう一人が答える。
記録紙に書く。時刻。位置。変化なし。
担当者が少し顔を上げて北の空を見る。白影が浮かんでいる。影がいる。どちらも動いていない。どちらも消えてもいない。世界はそのまま続いている。誰かが劇的な解決をしたわけでも、勢力間で何か大きな動きがあったわけでもない。ただ、静止している。この静止が一日続いているだけで、三か月前の自分に教えたら信じなかっただろうと担当者は思った。数字が動かないことが、こんなに重い意味を持つ日が来た。
風が吹く。冷たい。
今日も見張りは続いていた。




