第359話「ぴーちゃんと美月」
朝。
避難区画の隅。
美月がぴーちゃんと二人でいた。
珍しかった。ぴーちゃんが悠真以外と長く話すのは多くない。だが今日は、美月の隣に来てそのままいた。何かを話したいのかもしれない。そう感じて美月も隣に座った。急かさない。待つ。それが美月のやり方だった。昔から、美月は待てる人間だった。誰かが話し始めるまで、空白を埋めようとしない。沈黙を怖がらない。その在り方が、今日のぴーちゃんには合っていた。ぴーちゃんは言葉が少ない。だが少ないのは、話したくないからではない。適切な言葉を探しているだけだと、美月には分かっていた。
「昨日、地下に行ったんだって?」
美月が聞く。
ぴーちゃんが頷く。
「怖かった?」
ぴーちゃんが少し考える。
「怖くなかった」
短く答える。
「悲しかった」
続ける。
美月が止まる。
「悲しかった?」
ぴーちゃんが頷く。
「疲れてる何かがいたから」
「どういうこと?」
美月が静かに聞く。
「誰も知らないまま、ずっと頑張ってる感じ。助けてとも言えないまま。泣いてもいないけど泣いてるみたいな。誰かに気づいてほしいけど、気づかれても何が変わるか分からなくて、それでも在り続けてる感じ」
美月が窓を見る。白影が見える。その言葉が美月の中で静かに広がっていく。泣いてもいないけど泣いてるみたい。その表現が、ぴーちゃんらしかった。深部の話なのか、ぴーちゃん自身の話なのか、区別がつかなくなる気がした。美月は何も言わなかった。
ぴーちゃんが美月の手の上に乗る。
二人は窓の外をしばらく見ていた。




