第352話「蓮の記録」
深夜。
地下。
青い光の中。
白峰蓮は手を止めなかった。
発光の変化を記録する。触れる前と後で何が変わったか。温度の推移。振動のリズム。壁の色の濃淡。全部を数字と言葉で書き留めていく。分からないことは「不明」と書く。推測は「推測」と明記する。断言できないことは断言しない。それが蓮のやり方だった。感情で書かない。印象で書かない。後で読んだ人間が同じ場所に立ったように理解できる記録を残す。それだけを目的として、蓮はこの数か月間書き続けてきた。
蓮斗が横から覗く。
「そんなに書くことあるのか」
短く言う。
蓮が答えない。書き続ける。
しばらくして蓮斗が続ける。
「なんで記録するんだ。こんな場所で」
蓮は少し手を止める。
「後で誰かが読む」
静かな声。
「今ここで起きたことを知らない人間が、この記録を読んで判断する。そのために書く」
蓮斗が黙る。その答えは想定外だったのか、しばらく何も言わなかった。答えを考えているのか、ただ飲み込んでいるのか、どちらか分からなかった。蓮には、どちらでも構わなかった。記録する理由を誰かに理解してもらうために書いているわけではない。未来の誰かが判断するための材料として書いている。今夜地下で起きたことが、いつか誰かの決定の根拠になる。その一点だけを信じて、ペンを動かし続けていた。自分が正しいかどうかは、記録には関係なかった。
玲奈が目を開けないまま言う。
「私が感じたことも書いて」
蓮が頷く。ペンが動く。
地下の青い光が壁を照らしていた。静かで、穏やかで、どこか悲しい光だった。この記録が、いつか誰かの判断の基礎になる。それだけは確かだと、蓮は思っていた。




