8-2 後日談② 特魔
「――――で、お前が総司令ってマジかよ」
「ま、臨時だけどな――――」
特魔。
その総司令室に、アザミは座っていた。
そして、その目の前ではカロが訝しげな表情でアザミを見つめていた。
もちろん、その横にはシズクもいた。
すると、遅れて総司令室の扉が開かれる。そして、
「幹部らはほとんどが禁書《支配》争奪時の襲撃や、イニシュモア島での決戦で死亡あるいは長期の入院を余儀なくされましたから。退職者も増えましたし。――――とはいえ、今は合議制を目標に進めていますわ。まあ、魔術士は攻撃力を持った治安維持部隊ですから、最終的には誰かが総司令の座に座ることにはなると思いますけれど。今のところ、赤木アザミは本当に臨時的にその椅子にいるだけです」
と、飛鳥が諸々の書類を持って現れたのだった。
「……で、あなたはどうして?」
「あたくしは、どこかの隊長補佐が急に抜けたのでそこに昇格したんですの。そうして、今は赤木アザミの補佐ですわ」
「へえ、なら“禁特”って継続なのか……!」
「ええ。――――内容としては禁書の影響、つまりは遺跡の残骸調査及び各地での影響調査であり、短期的なものですけれど。そのあとは、どうなるか分かりませんわ」
飛鳥はそう言って、書類を封筒にひと纏めにする。
封筒に入れられた書類には、今までのカロの仕事に対する報酬の振り込みや新しい住居の資料などが入っていた。
「それで、エレミヤたちは?」
「エレミヤはロンドンでの治療を受けた後、特魔と提携を結びましたわ」
「無事だったのか……」
「《心臓喰い》を使いすぎなかったことが、功を奏したようですわね。……まあ、あと1回使っていたらどうなっていたか分かりませんけど」
「それで、提携って?」
「遺跡調査。それは水中にありますので」
「……ああ! “デュラハン”!」
すると、アザミは、
「今、正魔術教会の各支部では禁書の有無というパワーバランスの基準がなくなったことで、何か成果を出して優位性を示すことが重要になってるんだ。そして、遺跡の調査もその一部。そこで、うちはエレミヤと提携することで先手を打ったわけだ。……全く元気なもんだよな。一難過ぎたら、すぐ権力争いに逆戻りだ」
と、椅子に背を預けてため息を吐いた。
「だから、本来あんたにはいてもらったほうが特魔は強いんだよ。禁書を破壊し、赤木天日すら退けた魔術士なんか、英雄だからな」
「……おい。もしかして残れっていうんじゃねえだろうな」
「言わないよ。――――むしろ、だからこそカロにはやめてもらうほうがいいんだ」
「むしろ?」
「英雄を手放す。デュラハン”たちも、使わない。保護するだけだ。――――ついでに、正魔術教会とも最低限しか接さない。ま、日本は魔術士組織が独自進化してるから元々そうなんだけど、それを明確化することであたしたちはくだらない権力レースから降りる。――――そもそも特魔は、日本の守り人で世界で優位性を示すことには何の価値もないからな。そうして訴えていけば、そのうち正魔術教会も身内で争うなどくだらないことだと気づき始めるだろうよ」
「へえ、いろいろ考えてるんだな……」
「別にあたしだけじゃないぜ。これは会議の結果だ。合議制による第1号のな」
アザミはそう言って飛鳥を見ると、飛鳥も、
「……ええ。そうして、ここから始めるのです。あんたたちが安心して暮らせるような未来を守るために、まずは身近な未来を変えていってみせますわ」
と、答えるのだった。
4人はそれぞれ顔を見合わせる。
そんな未来が訪れることを、皆、確信していた。
「……ってなわけで、あんたにはそれを」
それからアザミが促して、カロには封筒が渡される。と、アザミは、
「これで、あんたの経歴やデータは特魔から完全に削除される。給料には報酬に加えて、まあボーナスを入れておいたからそれでしばらくの間はどうにか生きていけるだろ。住居も格安で用意しておいたしな」
そう説明した。
「何から何まで、ありがとうな」
カロが、礼をする。
しかし、その時、アザミの表情が曇った。
「しかし、これで1人暮らしさせるのはなぁ……」
それは、友達としてか親心か、カロを心配していたからだった。
「1人じゃねえって、シズクもいる」
「んなこた、分かってるよ。だけど、実質1人暮らしだろ? 高校卒業したら、すぐ働かなきゃだし……」
いつまでもうだうだと言葉を並べる、アザミ。
その横では、飛鳥が、
「……ずっとこんな調子なんですのよ」
と、呆れたようにため息を吐いた。
これを解決しないと、何だか帰れる雰囲気ではなかった。
だから、アザミを説得すべく、
「いや、俺たちは本当に――――」
大丈夫だから、しかし、カロがそう言おうとした時だった。
「――――そうですわ! 働き口があればいいですのよ!」
と、飛鳥が名案を思い付いたかのように言った。
「いや、だから俺は特魔じゃ働かないって……」
「ええ、もちろん! ですから、働くのはあなたでなく――――玉砂シズク! うちで働きなさい! 家政婦として!」
突然お嬢様らしさを覗かせた飛鳥は、シズクにそう宣言する。
と、シズクは少しの間も開けずに、
「分かった」
と、答えた。
「ちょ、おい! 何を勝手に……!」
当然に困惑する、カロ。
しかし、飛鳥は、
「聞けば、玉砂シズクは死亡した時は22歳ですでに成人していた、と。――――魂が完全に定着するその時には、きっとその知性を取り戻すはず。つまり、高校生以上の学力は有しているはずですわ! ならば、今から働くほうが無駄な時間を過ごさずに済むというもの!」
と、付け加えると、
「そんなこと……!」
と、反論しかけたカロはその途中で、以前にシズクが授業中に退屈そうにしていたことを思い出した。
「……いや、確かに授業に退屈そうにはしてたけど、でもあれって話聞いてただけじゃなくて? というか、手紙にもはじめは赤子みたいな行動をとるって書いてあったし……」
そんな揺らぐカロの心に、
「もちろん、完全に人間になった1年後には働きながら大学を受験してもいいですし、別の職業についても構いませんわ」
と、追撃をかける飛鳥。
すると、カロはそれを怪しみながら、
「1つだけ、聞かせてくれないか? それに納得したら、後はシズクの意志に任せる」
「何ですの?」
「どうして、こいつを雇おうと思ったんだ?」
と、尋ねた。
「実は、以前働いていた者の1人がやめましたの。それで、別の人物を雇用するには家政婦という職業はコストがかかり過ぎますわ。――――そこで、素性も確かでありながらアルバイトとして雇える玉砂シズクに目をつけたのです」
「アルバイト?」
「そのほうがいつでもやめられて、都合がよろしいでしょ? こちらも、いろいろと楽ですし、お互い悪い話じゃないと思いますけど……?」
最後に飛鳥にそう問われてしまうと、カロは反論できるところがなかった。
どころか、今の自分たちにとっては救いの手のようにも思えた。
「どうするんだ? 後は、シズクがやりたいかどうかだ」
カロは、シズクにそう尋ねる。
と、またもシズクは、
「やる」
と、即決するのだった。
「あのなぁ……。お前、もうちょい考えるとか……」
「やる」
カロは呆れたような目で見つめるも、そのまっすぐなシズクの目に照り返されると何だか自分がゴネているように感じて、
「分かったよ……。じゃあ、こんなやつですがよろしくお願いします」
と、飛鳥に頭を下げるのだった。
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