8-1 後日談① 明坂高校
消えていくセミの声。
長い夏が、終わりを告げる。
明坂高校の通学路には、久しぶりの憂鬱な通学時間に表情を殺しながら、あるいは未だ残る暑さを睨んだり逆に心を踊らせたりしながら歩く生徒たちが溢れていた。
そして、悪霊事件によって入院していたカロのクラスメイト――――松永も、その1人だった。
「なんだか、ずいぶん久しぶりな気がするな。学校」
退院明け。
かく汗すら清涼ドリンクのC Mのように爽やかに見せる褐色肌のそのイケメンは、夏休み明けで項垂れている女子高校生たちの心を幾ばくか癒していた。
そんな松永の目に映ったのは、他と同じく登校時間からすでに疲れた様子で歩く黒髪と薄紫髪の男女2人だった。
「……あれは、骨喰。いや、なんか、カロって呼んでた気がするな。あと、仲良かった気もする。あんまり、いい思い出はなさそうだけど……」
そうして、少しのため依頼を見せた後で、やっぱり松永は、
「よう、カロ」
と、その背中に声をかけた。
しかし、反応は予想していたものとは違って、カロとシズクは肩をビクッと跳ねさせると飛び退くようにして松永の方を振り返った。
「え、ま、ヒュウガさ――――ん、じゃ、ないよな……?」
それから、カロは辿々しく言葉を繋ぎ、松永にそう問いかける。
と、松永はそれに不思議そうな顔で、
「……? おう。誰だ、それ?」
と、答えるのだった。
そこまできて、カロたちはようやく肩を落として、
「なんだ松永か……」
と、安堵する。
「なんだってなんだよ」
「あ? ……ああ。いやいや、こっちの話」
「……そうか」
すると、不思議なことを言い出したカロに、しかし少しの逡巡の後、今度は松永が、
「あのさ……。なんか、入院でボケてんのか分かんないけど俺とお前、仲良かったんだよな? そんな気がしてるんだけど……」
と、尋ねるのだった。
「……」
その質問に、カロとシズクは顔を見合わせる。
と、ひそひそ声でカロが、
「もしかして、魂が混在してたから記憶も混在してるのかな?」
と、シズクに尋ねた。
シズクは、こくりとそれに頷く。と、さらにカロは、
「なら、友達じゃなくて、知り合いぐらいの関係値にしてもいいか」
と、言う。
が、しかし、シズクはそれには首を横に振った。
「何かあったら、カロ、対処するかも。友達になっておいた方がいい」
「ええ……。なんで俺が……」
「それに、単純にカロ、友達いない」
「それは、関係ねえだろ!!」
そんなこんなで、松永を置き去りにして会話を重ねていると、
「あの……」
と、松永が気まずそうに話しかけてきた。
「あー……。えっと、どう伝えたら記憶を整理できるか話し合ってたんだけど……。まず、端的に言うと……、ええー……、うん。俺とお前は、友達とまではいかないもののよく話してて、だからその記憶は間違ってねえよってことで……」
カロは、だいぶ嫌々な態度でそう説明する。
と、それでも松永は、
「そっか」
と、納得し、
「……じゃ、まあ、行こうぜ。学校」
と、カロに促されて、その後ろに続くのだった。
▼ ▼ ▼ ▼
とはいえ、学校は始業式で簡単な掃除とホームルームが終われば、後は席替えもなくただ帰るだけだった。
「――――あー、悪い。俺たち、これから行かなきゃいけないところあるんだよ」
一緒に帰ろうと誘った矢先、松永はカロにそう断られてしまった。
「2人で?」
「そ、2人で。同じバイト先で働いてたんだけど、夏休みの間が明けたしもうやめるんだ。だから、最後の挨拶に」
「へえ……。ずいぶん仲良いんだな」
松永はカロとシズクを見比べる。
そして、小声で、
「付き合ってるのか?」
と、尋ねた。
すると、カロはカバンを持って立ち上がり、
「そーだよ」
と、答えた。
その誤魔化さずに認める姿は、記憶の中のカロとは違ってずいぶんと大人びていて、松永は思わず感心してしまい、カロの、
「じゃあな」
という言葉に、何も返せなかった。
「……挨拶くらい返せよ」
カロに胸を拳で軽くトンと突かれると、そうなってようやく松永は、
「あ、じゃ、じゃあな……」
と、言葉を返す。
と、ちょうどシズクもやってきて、
「おう。また明日」
「またね、松永」
と、カロたちは松永を残して教室を後にするのだった。
▼ ▼ ▼ ▼
それから、1人ぼっちになった松永は、ゆっくりと教室を出ると記憶を辿るように学校内を歩きながら学校を出た。
やがて、緩やかな坂に差し掛かり、それを下る。と、麓の交差点を渡り切った――――その時だった。
「――――松永くん!」
そう、声をかけられた。
振り返ると、そこにいたのは小動物のようなこぢんまりとした印象の栗毛のボブカットの女子生徒だった。
「新井さん?」
その名前を呼ぶと、信号が赤に変わる。
今の松永にとっては、体育館裏で話をしたことがある友達には満たない知り合い。
加えて、松永は知らないが、松永と同じく悪霊事件に巻き込まれて心を禁書の魔力に支配され、記憶を弄られている同士でもあった。
「あの、一緒に帰りませんか?」
新井は赤信号にヤキモキしながら、松永を引き止めるべくそう声をかける。――――と、その時だった。
記憶の繋がりがあったのか、それとも書き換えられた記憶の掃き溜めから浮かんできたのか、松永は、
「ねえ、新井さん! 新井さんって、何か、記憶が混濁してるような感覚ってある?」
と、交差点越しに唐突に尋ねるのだった。
松永でなければ確実に笑って聞き返されたり電波系扱いされてドン引きされてもいいようなその質問に、しかし、新井は目を丸くさせて、次に、
「あります!」
と、答えた。
すると、松永も目を丸くする。そして、
「だから、俺に話しかけてくれたの?」
と、問い返す。しかし、それに新井は、
「いえ、それは好きだからです!」
と、答えるのだった。
返した上で、新井は自分が言ったことに気がついて顔を真っ青にして口を押さえる。――――と、その後で、静寂があたりに満ちた。
「嘘……。私、こんなに素直に口にするタイプじゃなかったのに……」
新井は自分で自分を信じられないと言った様子で、俯き、動揺する。と、
「……それも、書き換えられた記憶せいなんじゃない?」
そう、松永は声をかけた。
「せいってことにしちゃいなよ」
何も見てないと言うように目を逸らす、松永。
しかし、その言葉に新井は顔を上げると、
「……っ、記憶のせいなんかじゃ、ないです!」
と、声を張った。
「……え?」
「記憶が変わったから、好きになったんじゃないんです。記憶が変わっても、好きなんです」
さっきまでの情けなさはどこへやら、新井は真っ直ぐ松永を見つめる。
「きっと、そうなんです」
その時、信号が青に変わった。
「そっか。……でも、ごめん。俺の方は、あんまり新井さんのこと覚えてないんだ」
新井の強い意志を宿した瞳に、松永は目を伏せる。
しかし、それから、
「だから、これから教えてよ。たくさん、新井さんのこと」
と、言葉を続けた。
すると、新井は一気に明るい表情になって、
「はい!」
と、駆け出してその隣に並ぶ。
2学期が始まる。
そうして、あの時から止まっていた時間もいま再び動き出したのだった。
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