7-5 悪魔たちの囁き
「願いを叶えるのは、禁書の力。そして、そこに宿る力はアイたちそのもの。――――なら、叶える権利があるのはカロじゃない。アイたちだ」
「そんな……!」
ここにきて、ここまできて……。
遺跡に現れた紋章の中。
カロと禁書の悪魔以外がいないその白い空間で、カロは肩を落とす。
すると、アイポニーはニヤリと笑って言った。
「だけど、朗報だってあるんだよ」
「……朗報?」
「玉砂シズクとの幸せな未来――――それは、叶えてあげられる」
「――――ッ!」
思わず顔を上げたカロに、今度はサラが、
「玉砂シズクを人間にして、カロから魔力をなくして、カロからも関係者からも記憶をすっかりと消してあげる♡」
と、微笑む。
と、そこに黒と紫の混じり合う長い髪を纏めた1人だけまるで騎士が着るような燕尾服に身を包んだ着こなしも姿勢も顔も端正な男――――チャリオットが
「あなたは普通の高校生に戻り、人間となった玉砂シズクと青春を、そして今後の人生を歩んでいくだけでいいのです。それは、我々が保証しましょう」
と、付け加えた。
さらに続いて、その横にいた無骨で獅子を思わせるように金の髪と髭を伸ばした男――――キュルソンは、
「なんなら、幸せすら保証したっていい。我らには、それができる。それが、より良いことは明白だ」
と、言ってみせた。
「シズクとの、未来……」
揺らぐカロの瞳。
すると、追撃するように――――卯の花色の髪を長く伸ばした中性的な存在であるヴァ―テルは、
「そうさ、それが君の望んだ結末のはず。――――それに、赤木天日という一旦の脅威は去った。いや、君が払った。なら、すでに外の連中の目的は達成されているはずだ。――――むしろ禁書を破壊するというその先のことは、君自身のエゴでしかない」
と、髪を掻き上げた。
その姿は、女神のようにも絶世の美男子のようにも思えた。
髪の下からは、裸の上半身と背中に生えている翼が現れる。と、それはもはや天使そのものと言って差し支えなかった。
「それよりも、英雄には報酬を与えるべきだと、私は思うね」
そのままヴァ―テルが続けた言葉に、
「報酬?」
と、カロが聞き返す。と、ヴァ―テルはニコッと笑って、
「疲れただろう、ここまで。本当に感心したんだよ。君に報われてほしいってね。――――君が玉砂シズクとの未来を望めば、みんなの記憶から君は消えるし、君からもみんなの記憶は消える。だからこそ、君は禁書を破壊しなかったことを気負う必要もなくなるし、そもそも役目を果たして英雄になったんだから気負う必要はないけどね」
と、答えるのだった。
「英雄! 良い響きだ! まさに其方にふさわしいだろう!!」
そんな中、次に口を開いたのは赤い和服を着た快活な男――――ヴァイオレット(虚栄)だった。
ヴァイオレットは、背中に輪状に並んだ5つの巨大な目のようなものを背負っており、それは額に刻まれた稲妻の形に似た痣やその姿とも相まってまるで雷様の背負う太鼓のようだった。
「俺は目立つことが好きだからもし其方の立場なら英雄というものを手放す気はないが、しかし、全てを捨ててでも真に欲しいものがあるというのは幸せなことだ。ならば、臆せず手を伸ばせばいい。――――だが、其方にもし、俺と同じように英雄のままでいたいという意思があるのなら、もう1つの願いを検討してもいいかもしれない」
「もう1つの願い?」
「この世界のままで叶える願いだ。魔力を持ったままの其方で、変わらない其方で叶えたい願い。――――お主がきっとウジウジ悩んでいるのは、変わってしまう自分を望んでいないからだ。それだけのことを、其方は成し遂げたのだしな。――――ならば、それに適した選択肢も考えるといい!」
そうなんだろうか。
カロは悪魔たちと話しているうちに、最適の答えを探すようになっていた。
すると、そんなカロを差し置いて、サラがヴァイオレットに、
「でも、そのこの世界のままで叶える願いってなんなのぉ……?」
と、尋ねた。
しかし、サラの問いに答えたのはヴァイオレットでなくサンズで、その答えは、
「そんなもの、玉砂シズクを人間にすることだろう」
というものだった。
「確かに! それなら名声と愛、両方手に入るわね♡」
「名声と愛! いい響きである!!」
サンズの答えに、サラとヴァイオレットが賛同する。
と、一方でヴァ―テルは、
「別に最高の人生だっていいと思うけどね、私は。――――だって、私の力でどうせ1年後には、玉砂シズクは人間になるんじゃないか。だったら、別の願いを叶えた方がお得とも言える」
と、それとは別の答えを出すのだった。
「……どうしたって、シズクとの未来は手に入る」
その眼前で1人悩むカロは、ぼそりとそう呟く。と、そんなカロの耳元で、アイポニーは、
「それが、君がしたことの大きさ。その見返りだからね♪」
と、そっと告げるのだった。
アイポニーが退くと、悪魔たちはカロを取り囲んでいた。
「そもそも、私を殺すと玉砂シズクも死んでしまうかもね。なんせ、私の力で彼女はこの世に顕現したのだし」
まず口を開いたのは、《支配》の名を冠するヴァ―テルだった。すると、今度は《依存》の名を冠するキュルソンが、
「玉砂シズクのいない未来。そんなものを選ぶなどありえぬことは明白だ」
と、断言する。そして、
「まあ、あたしはどの未来を選んでもいいと思うわよ。……ただし 他の未来が良かったと嫉妬しないようにね♡」
と、《嫉妬》の名を冠するサラがそう忠告した。
「自分というのは時に大きくみせることも大事であるが、今は意地を張る時ではない!! 自分の心に従うべきだ!!」
《虚栄》の名を冠するヴァイオレットは、いかにも正しいことを言っていると言わんばかりに声を張る。と、次に《無情》の名を冠するチャリオットが、
「選択は、手に入る結果だけを見るべきでしょう。あなた自身に残るものが何か、それが重要なのです」
と、冷静に諭した。
「より確実なものを、確実な幸せを」
《臆病》の名を冠するサンズは、誰にも聞こえないような呟きをぼそりと漏らす。
そして、その最後に《妄信》の名を冠するアイポニーが、
「カロは、ここまで正しいことをしてきたんだ。出来うる限りの中で。だから、ここまで来られた。――――なら、今回もそうするべきだよ。カロ♪」
と言うと、カロはしんとした時間の後で、
「……よし」
と、決意を固めるのだった。
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