7-3 待つ者たち
カロが紋章の白い光の中に消える、数分前。
“デュラハン”の爪に腹を引き裂かれた傷を押さえながら、良月は飛鳥とともに“デュラハン”2体から逃げていた。
遺跡の機能によって魔石の力を失った《心套》からは血が滴り、それを見ると飛鳥は、
(血を止めなくては――――そのためにも)
と、かつて“宝珠”が導いた進路から外れ、まだ見ぬ道の先に足を踏み入れる決意をした。
「鬼が出るか蛇が出るか、ですわね……」
「え?」
「行きますわよ。――――外れの道に」
「え!?」
良月はその突拍子もない提案に、思わず声を上げる。
しかし、よくよく考えてみると、“デュラハン”との距離や自分の状況を加味してそれしか方法はないように思えた。
「……分かりました!」
その言葉で、2人は道を変える。
そして、毒ガスか銃撃か串刺しか巨大な斧かそれとも大岩が転がってきたり怪物が待っていたりするのかもしれないその未知の闇の中へ向かっていった。
やがて闇が晴れると、飛鳥は空気と静けさの揺らぎを感じる。――――と、次の瞬間、飛鳥は良月を蹴って自身も横に転がった。
左右に分かれた、飛鳥と良月。――――すると、その間を地面から天井に向けて撫で切るように熱線が駆け抜けていった。
その威力に目を丸くする、飛鳥と良月。
振り返ると、その後ろでは熱線の通った道筋に合わせて薄皮1枚残してぱっくりと体が割れた“デュラハン”がいた。
「そうか、体液も熱線で蒸発して……」
良月の視線の先、熱線に切られた“デュラハン”はその場に膝をつく。――――と、その後ろにはもう1体の“デュラハン”がいた。
その“デュラハン”は2撃目の熱線が飛んでくるとなると、飛鳥側に同じように転がってそれを避けた。
そして――――ギロリと上げた視線の先で、“デュラハン”と飛鳥は目が合った。
次の瞬間、“デュラハン”が這いずるようにしながら飛鳥に迫る。と、
「嫌……っ!!」
と、後退りする飛鳥の足を掴んだ。――――その時だった。
そんな“デュラハン”の後頭部に、通路の中心に飛び出てきた良月が両手を組んでそれをハンマーのように叩きつけた。
「良月……!?」
ズドンとその場に顔を沈める、“デュラハン”。
しかし、ダメージはないようで、“デュラハン“は良月を睨むと飛鳥の足を掴んでいた手を離し、今度はターゲットを変えて良月に襲いかかった。
「こっちへ、こい……ッ!!」
そんな“デュラハン”を、良月は血を流しながらも両手で捕まえると立ち上がらせる。
すると、そこで飛鳥はハッとした。
「――――良月! 次の熱線が!!」
状況だけ見れば、良月は狭い通路の中心部にいて“デュラハン”は飛鳥と同じ外側にいた。
熱線に射抜かれるとすれば、それは当然に良月の方だった。
しかし、良月は次に“デュラハン”の足を払う。――――と、その時、闇の向こうから熱線がきらりと睨んだ。
刹那――――やってきた熱線が、良月の肩を掠める。
しかし、その先で良月はそのまま“デュラハン”と位置を反転させると、その熱線に“デュラハン”を押し付けた。
「……ッ、ギャアアアアアアアアアアッ!!」
“デュラハン”の体は、廊下を縦に区切るように走る熱線にやられて夏のアイスのようにじゅわりと溶けていく。
そして、その体は不恰好に爛れると倒れていた飛鳥の前にゴロンと転がった。
「はぁ……、はぁ……」
良月はその光景を見て、額の汗を拭う。と、次の瞬間、飛鳥はその光景を見上げて、
「良月……。あなた、その肩……」
と、良月が熱線で肩をやられた側の腕を使っていたことに気づいた。
「え?」
すると、遅れて良月は急に力を失ったようにその場に膝をつく。
そして、
「あれ……?」
と、不思議そうに自分の体を見つめていた。
飛鳥の目には腹の傷も肩の傷も、何よりその疲れ知らずですみたいな態度も限界に映った。
だから、
「良月、ともかくここから離れますわよ……!」
と、良月の体を支え、その場を離れるのだった。
それから安全であろうと思われるところに腰を下ろす、飛鳥と良月。
すると、飛鳥は良月の応急処置を始めながらも、開口一番、
「――――何をしてますの!! 魔術が使えないんですのよ!! その傷、治せないんですのよ!!」
と、良月を叱りつけるのだった。
「……すみません。体が先、動いちゃって……」
良月はされるがままになりながら、ふっと笑う。と、
「でも平気ですよ。――――自分、痛み感じないんで」
と、続けた。
「……それって、どういうことなんですの?」
「ずっとずっと……。子供の頃からそうでした。ある日の訓練中に、何も急に痛みを感じなくなったんです。不思議なことなんですけどね」
「子供の頃から……?」
「折檻を、受け続けたせいかもしれません。――――いえ、父は痛みを与えてくれてたんです。自分の中にそれを拒絶したいという感情を芽生えさせて、魔術の才が開花するようにって……。まあ、無駄だったんですけど……」
「そんなのって……」
飛鳥は、そんな訓練方法があるなんて自身の恵まれた環境からは想像ができなかった。
「そんな顔しないでください。そうは言っても、弟が魔術に目覚めることですぐに終わりましたから。それで両親が、家が、自分に後継として期待しなくなったんです」
「なら、あなたは無駄に痛めつけられただけじゃない……!!」
「無駄だなんて! ……言わないでください」
良月は珍しく、自分のことに対して感情的に声を荒げた。
「いや……。いや、無駄だったって、自分でも分かってたんです。分かってたんですね……。だから……。だけど、無駄にしたくなかったから、それが意味のないことだと認めたくなかったから、自分はいつか魔術が目覚めると信じてともかく武術の腕を磨き続けたんです。きっと……」
葛藤があるのか、自問自答するように良月は言葉を紡いでいく。
そして、その最後には、
「だから、魔石具が入ってきて感謝してるんです。そして、自分を見つけてくださった赤木陽華補佐にも……。本当に、役に立てることが嬉しかった」
「だから、自分を軽率に囮や盾にって……」
「痛みも感じませんしね」
そう笑うと、飛鳥は顔を翳らせるのだった。
「……もし、次に“デュラハン”が来たら、次はあたくしが皮膚を噛みちぎって血を流しますわ。あたくしの血を撒いて、囮になります」
そして、次に飛鳥は頑固な態度で淡々とそう語る。と、それを良月は、
「それはダメですよ! 危険すぎます!」
と、叱るように止めた。
「足元もおぼつかず、負傷しているあなたよりはマシですわ」
「それでも……!」
「あたくしが抱いているのは、今のあなたのその気持ちですわ!」
「――――っ!」
無謀な提案を止めようとしてくる良月に、飛鳥は怒りをぶつける。と、良月の胸を小さな小さな白い手でポンと叩いた。
「バカね……。あなたじゃなくて、こっちが痛いんですのよ。残される側が……」
飛鳥の顔を見ると、手を置かれた胸がずきりと痛む。
その痛みを、良月は初め、
(痛い……? どうして……)
と、理解できなかったが、
「ははっ……。変わってますね、飛鳥2等は。そんなこと、言ってくれる人いなかったですよ」
と、そう語るうちに涙ぐんできた自身の声を聞いて、
(ああ。そうか……。こんなに痛かったのか……)
と、肩の傷を押さえ、微かに頷くのだった。
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