6-4 潰されるくらいなら
「俺たちの目的を阻むなら、弟だって容赦しない。俺は、身を捧げてくれた仲間たちの幾つもの命の上に立っているんだ」
赤い光を放つ《心臓喰い》の力で触手を躱し、アトムの眼前まで迫ったエレミヤ。
「――――《黒豹》」
エレミヤは爪型の魔石具をグッと引くと、今にもアトムを切り裂こうとしていた。
しかし、その瞬間――――アトムの広げた蛇目模様の赤い傘が高速回転する。
「《雨降》――――」
そして、それはアトムの言葉を合図に――――傘は開いていた身を閉じながら同時に持ち手だけを残して素早く前に飛び出し、まるで一線の矢のようになってエレミヤの胸を突き刺した。
「ぐっ――――」
彗星のように赤い線を描きながらずっと遠くまで飛ばされていく、エレミヤ。
すると、地面に激突した後で、その胸につけられた《心臓喰い》の赤い魔石が砕かれているのが見えた。
「ああ。ようやく壊れてくれた。――――鬱陶しかったんだよ、それ」
アトムが、エレミヤを見下す。
その手には傘の持ち手の一部だけが残っていて、持ち手の先からは赤い魔石の埋められた鋭い刃が覗いていた。
「この傘みたいな武器、元々魔石具ということを隠して持ち込むために開発された暗器なんだって。それでいて、1回だけだけどこうやって傘の開く部分を高速回転させて矢のように放つこともできる。すごいよね、あの人たちはこんなものまで僕にくれるんだから」
刃に映るアトムの顔は高揚していて、まるで自分の力に酔いしれているようだった。
一方で、エレミヤは《心臓喰い》を失ったことに顔を顰めていた。
(もう1度駆け上がれるか……? 《黒豹》なら、あるいは……)
しかし、そんな逡巡を遮るように触手が右から飛んでくる。
と、エレミヤや“デュラハン”たちは、それにさらわれて遺跡までの道に転がった。
「ぐっ……!」
そして、次にエレミヤが顔を上げた時――――“クラーケン”の触手は振り上げられていた。
「じゃあね」
アトムがそう呟いた後で、触手が振り下ろされる。
先ほどまでとは状況が違い、《心臓喰い》の破壊されているエレミヤはそれを躱す術を持っていなかった。
すると、エレミヤの目に1体の“デュラハン”が映る。
その“デュラハン“は、エレミヤを守るように大きく手を広げて触手に立ち向かっていた。
「そうだ……! 俺は死ぬわけには……、いかない……!! 俺には、あいつらが……!!」
その姿に力を取り戻すと、エレミヤはもがく。
その体には、いくつもの散っていった仲間の命が乗っていた。
しかし、それでも無情に触手はエレミヤに迫る。
そして、次の瞬間、エレミヤは潰され――――なかった。
「……!? ど、どうしてだ……」
エレミヤは思わずギュッと閉じた目をゆっくりと開くと、それから飛び込んできた光景に目を丸くする。
そこに立っていたのは、先ほど自分を庇おうとした“デュラハン”と――――飛鳥と良月だったからだった。
飛鳥と良月は“デュラハン”と一緒になって、自分たちを押さえつけようする触手を押し返す。
そして、なんとかそれを横に避けた。
さらに、エレミヤは不意な力に引きずられるように意図せずその場から移動させられる。――――と、それを抱き止めたのは、文壱だった。
「これは、お前の魔術か……!? なんのつもりで――――」
「――――なぜ、あの子と殺し合う」
文壱の唐突な問いかけに、エレミヤの脳が追いつかず、
「あ?」
と、思わず聞き返す。と、文壱は続けて、
「あの子は、お前の弟なんだろ?」
と、聞いた。
「……ああ。そうさ。だが、俺たちの目的を阻むなら、弟とて容赦しない」
「目的?」
「お前たちを殺し、シズクという女を生かしたまま捕まえることだ」
「そういうことか……」
その言葉を聞けば、文壱には大体の全貌が理解できた。
おそらくロンドンマフィアは赤木天日ではなく、リトリーからの指示で動いているのだろう。
繋がりははっきりしないが、同じ岩手家に仕えたもの同士でもある。
(特魔に対して、同じ復讐を誓う者同士だからか? ――――もしくは、魔石具が横流しされ、その見返りにということか。ともかく、そこにはなんらかの連携がある)
そして、文壱はエレミヤが本心を話していないことも理解していた。
だから、それを言い当てる。
「その上で、報酬を得ること。――――それが、お前たちの真の目的だろ?」
「……ああ。そうだ。この仕事を完遂すれば、俺たちは晴れて自由になれる。ロンドンマフィアの奴らの傘下から、抜け出せる」
「それが、生き残った誰かが幸せになるということ……」
「もう、ずいぶん仲間はいなくなっちまったがな……」
そこまで話すと、エレミヤは文壱を突き放すようにして立ち上がる。
しかし、その足取りはフラフラとしていた。
「だから、その目的を阻み、あまつさえ俺たちを殺そうとするのなら――――アトムは、殺さなくちゃならない。それが、身を切った者たちへの唯一の願いだったんだから」
そう言って、エレミヤはまた爪をジャキっと開く。――――すると、その背中に向かって文壱が、
「――――その目的を果たすという意志は、固いか?」
と、言葉を投げかけた。
「当たり前だ」
「なら、僕らと協力するとなったらどうだ?」
「……強力だと?」
エレミヤが問い返すと、文壱はエレミヤの横に並び立つ。
「あの化け物は、きっとお前たちだけじゃ殺せない。それは、薄々分かっているはずだ」
「……」
「だから、協力するんだ。僕たちも、あの脅威を排除したい。で、なければ――――」
「で、なければ?」
「――――1つでも脅威を排除すべく、先にお前を殺す。そのほうが、あの化け物を相手するよりずっと簡単だ」
そう口にした文壱の目には、光が宿っていなかった。
ひどく冷静でひどく理的で、何よりそれを実行するだろうという目の据わり方をしていた。
そんな時、遠くで、
「ちょっと、助けたってのに!」
と、飛鳥の声が響く。
その声に釣られて文壱とエレミヤが顔をやると、エレミヤたちの前では“デュラハン”が飛鳥と良月を取り囲んでいた。
そして、その様子をアトムが楽しそうに、
「数が減るのは、歓迎だよ」
と、眺めていた。
飛鳥と良月は背合わせで、”デュラハン”と睨み合いになる。
と、互いに距離感を見定め、襲い掛かろうとした――――その時だった。
「――――待て!」
その手を、エレミヤが止めた。
そして、宣言する。
「俺たちは、こいつらに協力する。――――協力して、アトムを殺す」
それは、自身の弟アトムに対しての完全なる別れを告げるものであった。
「そのあとで、こいつらも殺す」
エレミヤの言葉が、“デュラハン”たちに新たな規則を与える。――――と、文壱も表情を崩さぬままエレミヤからアトムに視線を移し、
「殺されるのは、お前たちの方だけどな」
と、睨んだ。
“デュラハン”たちも、エレミヤの言葉に従って完全に標的を移してアトムに向き合う。――――と、それを眺めていたアトムは、
「あれれ? そうなっちゃう感じ?」
と、特段焦るでもなく言った。
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