6-3 エレミヤ VS アトム
遺跡へ続く道。
それを覆い尽くすほど巨大な“クラーケン”と――――“クラーケン”と上半身を一体化してその頂点に君臨するアトム。
そんなアトムを睨んで、エレミヤは、
「今のお前じゃあ、生き残ったところでとても幸せにはなれないよ。アトム」
そう、言った。
エレミヤの言葉にアトムは顔を顰め、それから呆れて見切りをつけたように冷たい顔になる。と、次に、
「なら、今からは家族じゃないね。――――エレミヤ」
と、アトムは指揮棒のように傘を振るった。
次の瞬間――――飛鳥たちを一斉にさらった“クラーケン”の触手が、エレミヤと“デュラハン”たちを襲う。
「――――《黒豹》、《心臓喰い》」
しかし、直後――――エレミヤの胸に埋め込まれた魔石が赤く、その手につけられた爪の魔石が黄色く光ると、その触手の勢いは止まった。
否、エレミヤたちが止めたのだ。
エレミヤは魔石具の力で、“デュラハン”たちはその鋭い爪と強靭な体で一心同体の生き物のように触手を確かに受け止めていた。
「肉厚……。切れないか……」
エレミヤは自身の爪と触手を比べ、そう判断すると、
「上がれ!」
と、叫ぶ。
と、その声に応え、“デュラハン”たちはアトムへ向かって続々と触手を駆け上がっていった。
“クラーケン”は、触手をぶんぶんと振って“デュラハン”たちを振り払おうとする。――――が、そのうちの何体かがアトムの元へと飛び込むようにして辿り着いた。
しかし、それでもアトムは慌てる様子はなかった。
アトムは爪を突き立てて遅いかかってくる“デュラハン”たちに向かって、手に持っていた傘を開く。そして、蛇目模様が姿を表すと、
「――――《雨降》」
そう、口にした。
直後――――傘が廻る。
すると、それは風を生み、“デュラハン”たちを押し返した。
「“デュラハン”は、その体液によって魔力を伴った攻撃は効かない。けれど、自然現象には逆らえないし、何よりその体液がなくなってしまえばあとは分厚い肉体が残るだけ。――――そんなことを、僕は知ってるんだよ。当たり前だけどね」
アトムはそう語ると、傘の向こうから鋭い目を覗かせる。
その威圧的な態度にもはやかつての兄弟の情はないと感じ取ると、エレミヤは、
「協力しないと言うのなら、生き残るのは今のお前ではない」
と、アトムを睨み返した。
▼ ▼ ▼ ▼
一方で、初めに触手の不意打ちを喰らったところからようやく回復した飛鳥たちはその状況を眺めていることしかできなかった。
中でも一際困惑していたのは、病室で寝ていたせいでエレミヤ率いる“デュラハン”が戦場にいることを知らなかった文壱だった。
(エレミヤ! なんでここに……!!)
しかし、そんな頭に冷静な飛鳥が、
「予期せぬ来訪者。――――ですが、これは使えるかもしれませんわ。あたくしたちの目的は、“クラーケン”の向こうの遺跡の中に入ることではなく、禁書の『場所』を突き止めた上でその場を制圧し、骨喰特等らを待つこと。彼らが仲間割れをしてくれるなら、あるいは……」
と言って、目的を再確認させる。
すると、そこへ良月が、
「いや、むしろ禁書を携えてくるのならここで粘るのがいいのではないですか? 禁書の力があれば、あの怪物もそうそう負けることは……」
と、口を挟んだ。
「……良月は、特等が勝つとお思いですの?」
良月の提案に、飛鳥は神妙な面持ちで尋ねた。
「もし負けたなら、あの“クラーケン“と利用して赤木天日を抑えればいいじゃないですか。もし勝ったなら、そのまま特等に倒してもらえばいい。――――そうなると、どのみち自分たちが今すべきは時間稼ぎということになります」
「どうかしら。――――エレミヤは、明確に敵対勢力。あたくしたちを襲うことをロンドンマフィアに依頼された。しかし、それがかつての主人である赤木天日との間接的な繋がりだとしたら、赤木天日がここに来た時点で敵勢力になりますわ。――――アトムの方についても、あたくしたちに対して明確な殺意を持っています。今はエレミヤを強く警戒しているだけで、倒せば次はこちらに敵意を向けることになりますわ」
すると、そうなってからようやく頭の冷えた文壱が、
「……つまり、どちらも敵でどちらも倒しておくに越したことはない相手ということ」
と、話をまとめた。
そして、続けて、
「なら、ともかく今は時を待つんです。僕らは満身創痍。だからこそ、ワンチャンスにかけるしかない」
と、結論づける。
そんな文壱のそばでは、良月が、
「確かに、時間が経てば……」
と、じっとエレミヤとアトムの胸につけられた《心臓喰い》の光を見つめるのだった。
▼ ▼ ▼ ▼
文壱たちが言葉を交わす中、すでにエレミヤとアトムが戦いを再開していた。
(”デュラハン”でダメなら、今度は俺がアトムに挑む。――――しかし、そのためには先ほどと違い、数で押して残った誰かが辿り着くんじゃダメだ。俺が、行かなくては)
エレミヤの狙いは実に単純だが、しかし、今の状況では非常に難しくもあった。
アトムの周りでは、アトムに従う“クラーケン“の触手が6本も素早く動き回っているし、触手1本を止めるにも“デュラハン”が数人がかりで挑む必要があった。
エレミヤは場を見回し、
「”デュラハン”は残り、10ほどか……。5人で1つ止められるとして、最大限上手くいっても触手は2本しか止められないとなると……」
と、触手を躱しながら策を巡らせる。
そして、ちょうど触手が開き、アトムへの道が開けた時、エレミヤは、
「――――だが、それで十分だ!」
と、アトムへの道を走り出した。
当然、6本の触手はエレミヤを狙う。と、初めにそのうちの2本が、走るエレミヤを左右から押し潰そうと両側から迫ってきた。
「止めろ!」
それに対して、エレミヤが叫ぶ。――――と、その言葉通り、それを“デュラハン”総動員でなんとか止めた。
「はっ! いいの、エレミヤ!? もうこいつの触手を止める手段はないよ!!」
アトムが見下す。と、4本の触手はエレミヤに狙いを定める。
しかし、そんな状況でも、エレミヤは1歩も退かずアトムを睨み返した。
「ここから先は、俺1人で事足りる。――――《心臓喰い》ッ!!」
赤い光が弾けると、その中心を目がけて4本の触手は襲いかかった。
だが――――いつまで経っても赤い光は消えない。捕まらない。
その理由は、“クラーケン”側の状況にあった。
“クラーケン”の触手のうちの2本が左右から迫った際に止められてからそのままその場に居座っていることで邪魔になり、他の触手は薙ぎ払いができずスタンプを押すようにピンポイントを狙ってしか振り下ろせなかった。
点を点で捕まえるとなると、それは蚊を手で叩き潰すより難しい。
赤い光の線は、左右に揺れながらアトムへ向かって進んでくる。
「くっ……!」
そうなって、ようやくアトムは“デュラハン”に止められていた触手2本をどかす。――――が、時すでに遅し。
「俺たちの目的を阻むなら、弟だって容赦しない。俺は、身を捧げてくれた仲間たちの幾つもの命の上に立っているんだ」
そんな言葉が、アトムの眼前で聞こえた。
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