6-2 アトム & クラーケン
「これは、まさか――――“クラーケン“とやらですの!?」
遺跡の入り口へと続く道。
飛鳥が、目の前を覆うほど大きな影に目を丸くする。
その言葉通り、さらにずるりずるりと前に出てきたそれは、足は10本中4本欠けているものの確かに新緑色の体をした遺跡までの道を覆うほどの巨大なイカに他ならなかった。
「そうだよ。こいつは、“クラーケン“。元は、この場所の守り神。――――そして、今は僕の手下さ」
加えて、声が聞こえてくる。――――と、一同は体を強張らせて目を見開いた。
なぜなら、その声には聞き覚えがあったからだった。
「――――君は、アトム……!?」
良月の驚きに――――“クラーケン”の頭の上にいるエレミヤの弟であるアトムは、ずいぶん大人びた表情でニヤリと笑った。
次の瞬間――――飛鳥たちを触手が横撫でにさらった。
それは、飛鳥たちがかつて見たカロのムチよりも早く大きく――――何より強かった。
飛鳥たちは、勢いのままに道端の柱にぶつかる。
その攻撃による負傷が1番大きかったのが飛鳥だった。
飛鳥は、全身を遺跡の道すがらの壁に打ちつけて横たわっていた。
「飛鳥……!!」
その光景に文壱が驚き、文壱が立ち上がろうとしてみても、
「ぐっ……!」
と、しかし体が痛んで立ち上がれない。
それもそのはず、文壱は今の格好通りつい先ほどまで入院を必要とするほどの怪我人だったのだ。
そして、それは良月の方もだった。
良月は立ち上がり、飛鳥たちの前に出る。――――が、遺跡の前でアザミに指摘された時のようにガクッと足から力が抜けて膝をつきそうになると、大剣を杖代わりにしてその体を支えることで精一杯だった。
そんな3人を、はるか遠く高くにある威圧的で無機質な目で見下す巨大な“クラーケン”と――――その頂点に君臨するアトム。
「ここに、あのお兄さんがいないのが残念だけど。でも、まだまだ復讐しなくちゃいけない相手はいるし、とりあえず終わらせようかな」
すると、アトムはそんな呟きの後でスッと手を上げた。
“クラーケン”の触手がずるっと動く。
その手を振り下ろしてしまえば、それは瞬く間に飛鳥たちを襲うだろう。
しかし、そこへ遺跡と海とを区切る海水のカーテンを突き破っていくつも影が飛び込んでくる。
と、アトムはすぐさま標的を変え、それらを払おうとした。
しかし、次の瞬間――――アトムの手が止まる。そして、
「兄、ちゃん……」
アトムは、震える手を掲げたままそう呟いた。
「アトム、なのか……?」
そう返すのは、“デュラハン”たちを率いてここまでやってきた――――エレミヤだった。
「生きてたのか、アトム……!」
突然の思いもしなかった再会に、エレミヤは戸惑いを見せる。
しかし、アトムにはそれよりも大きな別の感情があるようだった。
「生きていたか……? そうだよね……。意外だよね……。――――なんせ、兄ちゃんは僕を見捨てたんだから」
「見捨てただと……!?」
「そうでしょう? あの人たちに襲われた時、みんなを置いて撤退して……」
「それは違う! 俺は、ダリルから知らせを受けてそこに向かったんだ! ――――だから、お前たちが何をしていたのかは知らないが、殺せなくとも足止めができれば逃げる時間が作れると……! お前たちが、逃げ切れると思ったんだ……!!」
「でも、みんな死んじゃったよ。何を言っても、みんな死んじゃった。――――死んじゃったみんなを、弔いにも来なかった」
「俺だって、行きたかったさ! だが、攻撃された跡地にのこのこ顔を出せっていうのか!! 何が待ち構えているか、何が仕組まれているかも分からないのに!!」
「そういうところだよ。そういうところが――――僕に失望させたんだ」
アトムの顔が翳る。と、アトムは不意に、
「ねえ、僕らの――――“デュラハン”の約束、覚えてる?」
と、エレミヤに尋ねた。
「約束……?」
「ほら、残されたものが幸せになればってやつ」
「ああ、もちろん。だから、皆こうして”人魚の滴”を飲んで“デュラハン”に……」
「なら、次は兄ちゃんの番だよ」
「……え」
「僕のために、死んで? 兄ちゃんの復讐は、僕が果たしてあげるから」
「なんで……! どうして、そうなる!?」
「そりゃあもう、この胸が疼いて疼いて仕方がないからだよ……。兄ちゃんを殺さなくちゃ、満足できないんだ……! 怒りが収まらないんだよ……!!」
すると、アトムがそう口にした時、アトムの胸から赤い光が放たれた。そして、それを見て、
「心臓、喰い……」
と、その光の正体をエレミヤが口にした。
「お揃いだね、兄ちゃん。――――だけど、今はそれが反吐が出るほど気持ち悪い」
そう言ったアトムの目は鋭く、家族に向けるような目つきではなかった。
さらに、アトムの胸に埋められた魔石が放つ光は――――陰に隠れていたアトムの姿をついに鮮明に映し出す。
すると、エレミヤは目を丸くした。
「アトム、お前……!!」
体が、くっついてる。
アトムと“クラーケン”――――その体が。
「こいつを従わせる時に、下は持っていかれちゃってね。でも、大丈夫。その時に血も一緒に飲ませて、仲間にして魔術を使わせて治したから」
その言葉通り、アトムは上半身だけになっていて――――その下半身は、“クラーケン”と融合していた。さらに、手には赤い傘を持っていた。
「それに、僕は僕のままだよ……」
そんな風にクマだらけの顔で微笑みかけられても、もうそれは人間の姿とは言えなかった。
その様子には、エレミヤの従える“デュラハン”たちでさえたじろぐほどだった。
「――――で、答えは?」
アトムは、エレミヤに問いかける。
と、時を待つ中で、アトムはトントンと手の上で傘を弾ませた。
「そうだ、これもくれたんだよ。僕を救ってくれた兄ちゃんたちが」
「そうか。そいつらに唆されたのか」
「違うよ。力をくれたんだ。これも、この心臓も。――――だから、兄ちゃんも頂戴。僕に、その命」
そう言って傘でエレミヤを指す、アトム。
しかし、その問いかけに少しの間を空けて、
「……それは、できない」
と、エレミヤは答えた。
「今のお前じゃあ、生き残ったところでとても幸せにはなれないよ。アトム」
エレミヤの言葉にアトムは顔を顰め、それから呆れて見切りをつけたように冷たい顔になる。と、
「なら、今からは家族じゃないね。――――エレミヤ」
そう言って、触手に命令を出すようにアトムは傘を振るった。
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