4-4 時のゆりかご
神夜は天日との争いに決着をつけるため、廊下を走っていた。
上がる息が、胸に疼く不安を増加させる。
そんなところへ聞こえてきたのが、
「なんで、なんで扉が……!」
という、困惑の声だった。
「芭月……」
その姿を見つけて、神夜の呟く。――――と、芭月が振り返って、
「総司令……! あなた様の指示ですか!?」
と、言った。
あなた様の指示というのは、きっと芭月の目の前にある開かれた扉のことだろう。
しかし、それは断じて神夜の指示で開いたわけではない。だから、目の前の光景に神夜も、
「なんで扉が……」
と、困惑する。――――この扉は禁書2冊を保管している部屋へと続く、開かずの扉のはずだった。
「……でも、都合がいい!」
しかし、それが開いていることが、今の神夜にとっては幸運だった。
神夜は芭月の横を通って、その中に入っていこうとする。と、その足を、
「何を……!?」
と、芭月が止めた。
「禁書を使う」
「なりません、神夜様! いくら、あなた様といえど――――」
「――――《王魔伽刻:2の刻》」
しかし、その静止を振り切るのは、神夜には簡単すぎた。
自分の魔力の胞子で眠った芭月を抱き止め、
「ごめんね」
と、一言謝る、神夜。
だが、うかうかもしてられない。
神夜は芭月をそっと隅に寝かせると、禁書の保管された部屋へ踏み入る。
そして、中にある厳重な警備も解除すると、禁書《妄信》と禁書《支配》――――その2冊と目が合った。
「へえ、それが禁書ってやつか……。やばいな、その圧力」
そんな声が背後から聞こえてきて、神夜はハッとする。――――気づけば、天日が入り口に立っていた。
瞬間――――神夜は振り返ると同時に、《王魔伽刻:1の刻》を天日の目の前に出現させる。
しかし、それを天日は軽々しく砕くと、神夜の顔を殴り、そして神夜の腹を蹴り飛ばそうとした。――――その刹那、神夜は、
「《王魔伽刻:6の刻》」
と、巨大な盾を呼び出した。
天日の足がその盾を叩くと、足から魔力が吸収される。そして、吸収されたその魔力は無色の魔力の砲撃となって、盾から真っ直ぐ飛び出した。
「――――おっと!」
ダメージはないものの、その砲撃に押し返されて宙返りをする天日。すると、次にその目には、
「――――《王魔伽刻:4の刻》」
黄金の果実を血から生み出す神夜の姿が映った。
それを噛むと、神夜の傷口から黄金の糸が生えてきて傷口を補剛し始める。
一方的に自身の傷を回復し、優位を取ろうとする神夜。――――しかし、それこそが隙だった。
天日はもう1度、神夜に迫り、その腹を狙って蹴りをかます。――――と、先ほどとは違い、黄金の果実を食べることで反応がコンマ数秒遅れた神夜は、お腹を庇いながら背後に下がった。
すると、その瞬間――――天日の手がぴたりと止まる。
そして、天日は神夜の横を駆け抜け、禁書に向かって一直線に走り出す。――――と、手に取ったのは禁書《支配》だった。
「――――さあ、そう怯えてると死んじまうぜ」
嬉しそうに笑う、天日。
その瞳には、してやられたという表情でもう1つの禁書《妄信》を手に取る――――神夜の姿があった。
▼ ▼ ▼ ▼
ヒュウガは困惑していた。
安久良をなんとか制してやってきた、禁書の保管庫。
その保管庫で――――天日の目の前に、神夜が倒れていたからだった。
「なんで、神夜が……。神夜が、負けた……?」
力の差はない。
特魔に並び立つ、2人の魔術士。
そう評されていながら、しかし、神夜が負けるなどということは兄としても1人の魔術士としても信じられなかった。
「神夜のやつ。――――せっかく子供を気にしなくて良くなったってのに。あの女のせいで……」
すると、その答えを示すようにある一点を天日は睨む。と、そこにいたのは、震えている芭月だった。
「赤木、芭月……!?」
何があったのか、どうして彼女がここにいるのかは分からない。
その名前を呼んでも、芭月は顔を動かさぬまま心ここに在らずという感じで震えているだけだった。
「その女が……! 神夜が攻撃する瞬間、あれに触れなきゃあ……!!」
天日の言葉と目の前の状況を信じるなら、きっと決着をつけようとした神夜と天日の間に芭月が入り込んで神夜の気を引く何かに触れて邪魔したことで、神夜は負けたのだろう。
そんな芭月を、天日はより一層強く睨む。そして、
「あぁ……! くそ……! くそ、くそ、くそッ!! 最悪だッ!!」
と、ひたすらに暴れて辺りをぐちゃぐちゃに殴り蹴ると――――最後にヒュウガに向かってポンと禁書《支配》を投げた。
「ヒュウガ、それが手引きの約束の品だ。俺は、所有権を放棄する。――――でもって、帰る」
「え――――」
半ば投げやりな天日の言葉に、何も状況が理解できていないヒュウガが顔を上げる。――――と、次の瞬間には、天日は天井を突き抜けてその場から立ち去ってしまった。
残された場には、神夜、芭月、ヒュウガだけが残っている。と、唖然としているヒュウガの耳に、
「ヒュウ、ガ……?」
と、神夜の声が届いた。
「神夜……」
ヒュウガは恐ろしくて申し訳なくて、その顔を覗けないでいた。
しかし、神夜はそんなヒュウガに優しく微笑む。
そして、言った。
「それが目的だったなら、もう、いいよね」
「え?」
「私、子供がいたの。お腹の中に」
「――――!」
すると、その言葉を聞いてヒュウガは地面に頭を打ちつけるように土下座した。
「すまない! 知らなかったんだ! 俺、本家とは連絡もとってなくて……!! いや、それでも……。それでも、しちゃいけないことだったのに……!!」
「そうじゃ、ないの……」
「え?」
「その子供をね、禁書《妄信》の力で外に出したの。天日と全力で戦って、殺すために」
「外に、出した……?」
「その辺りに、卵、ない?」
「た、卵……」
ヒュウガは辺りを見回す。――――と、それは、確かに芭月の足元にあった。
――――その女が……! 神夜が攻撃する瞬間、あれに触れなきゃあ……!!
その時、天日が悔しそうに漏らした言葉が思い出される。
おそらくその言葉からしても、その卵が神夜の指定しているものだろう。
「お願い、ヒュウガ……。それを持って帰っていいから、あの子を助けて。生まれてくるあの子を。これから、この世界で息をするあの子を。……お願い。お願い」
「こ、これに人が入ってるのか!? 赤子が!? でも助けるったって、卵に入った人間の育て方なんか……!!」
「毎日、魔力を注いでくれるだけでいいの。そしたら、産まれてくるから。あの子は、生きられるから……」
自分を見つめる神夜に、もう1度目線を戻すヒュウガ。
すると、神夜は力のない表情で、
「私、母親になりたいの。あの子の母親に」
と、言った。
その時、ヒュウガが自分の境遇と何かを重ねたのか、他の何かを思ったのか、それとも自分の行いを償いたい気持ちがあったのかは分からない。
が、ヒュウガは震える手を握ると、
「分かった。俺が……。俺が、育ててみせる」
と、神夜に言い切った。
「――――《王魔伽刻:5の刻》」
そう神夜が口にすると、神夜の目には魔力が宿る。と、神夜は、
「ありがとう」
とだけ、言い残した。
その言葉で、今の自分の意思と言葉に齟齬がなかったことをヒュウガは自覚する。――――と、それからせめてと神夜の目を優しく手で閉じさせ、芭月の横に転がっていた卵を手に取り、禁書《支配》と共に抱えると逃げるようにその場を後にした。
それから、どれくらい時間が経ったのか。
芭月は、ようやく茫然自失の状態から自分を取り戻す。そして、ふらふらと神夜に歩み寄った。
「天日が……。あの男が……。赤木家の者が……! こんな事件を……!!」
震える声は、怒りか恐れか。
しかし、芭月はそれだけでは終わらない。
「いつか来たる日のために……。禁書を全て回収するために……。これは、貰っていきます」
そう呟くと、芭月は神夜の傍にあった禁書《妄信》を手にするのだった。
▼ ▼ ▼ ▼
そして、それからカロが生まれるのに8年。
ヒュウガの魔力不足か、それとも長く生きてほしいという神夜が矛盾した形で叶ったのか。
カロは孵化というには長すぎる年月をかけ、時のゆりかごから生まれ落ちる。
そして、そこからさらに16年後。
なんの因果か――――特魔の地下では、神夜の子供であるカロとヒュウガの生き返らせたシズク、芭月の持ち去った禁書《妄信》が巡り合うのだった。
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