4-2 禁書災禍に至るまで
特魔の入り口。
そこで安久良は天日に呼び止められると、
「なーんか、変だよなぁ……。その魔力。普通、魔力ってのは流れを見れば、心の臓に繋がっているもんだ。――――けど、お前は違う。全身に散らばってる。まるで湿疹みたいに、その体に魔力が巣くってる。まるで、才能のない奴が魔力に犯されてる見てえだ」
そう、言われた。
「――――ッ!」
深刻な顔になる、安久良。そこにトドメとばかりに、天日は
「ムカついたか? ――――なら、やってみせろよ。偽物野郎」
と、そう言い放った。
しかし、その時だった。
「お二方、戦うならもっと目立たないところでなさいませ」
そこへ、割り込んだのは――――赤木芭月だった。
その登場に少し遅れてハッとすると、安久良は、
「……いや、止めてくださいよ」
と、芭月に言う。
しかし、芭月は首を横に振って、
「安久良幹部。2大名家には、誰も口出しできません。あなたも、それはご存知のはず」
と、返した。
「お? なら、俺はまるで違うみたいだな」
「その通りです、天日様。――――あなた様は、赤木家嫡流。その身に、赤木家の血が流れている。――――しかし、私たちは違う。いわば、他家から嫁ぐあるいは婿養子となることでその家系図の末席に名を刻まれる"成り上がり者"でございます」
「家柄ねぇ……」
大きくため息を吐く、天日。
もうそのワードには、飽き飽きしているようだった。
しかし、飽き飽きしていようが逃れられないのが血と出自。
「そう、家柄です。――――そして、2大名家ともなれば素通りもできませぬ」
すると、そう語った芭月の視線の先には――――気づけばそこかしこの影に人だまりがあった。
おそらく、特魔の入り口で骨喰家と赤木家の2人が話し込んでいたからだろう。
「あ……」
「おお、これはこれは……」
安久良はしまったという感じで、天日は珍しいものを見るように目を丸くして、それに気づく。と、天日は一瞬、目を伏せて、
「……んじゃ、邪魔者はとっとと退くかね」
と、それからすっかり冷め切った様子で特魔の中に向かって歩を進める。
しかし、その去り際のことだった。
天日は、芭月に尋ねた。
「そうだ。兄貴は、忙しいのか?」
「ええ。今日も、政務に勤められております」
「……そうか。報われねえよなぁ、兄貴も。頑張ってもあれだけの力にしかならないのに、毎日毎日、蹴られて殴られて。それで、副司令だなんて。投手としてとはいえ、すごい執念。俺には無理だ」
「……」
「だから、これ以上引っ掻き回すんじゃねえぞ。――――兄貴は、ようやく自分の行くべきところに辿り着けたんだ。今の地位で、十分満足してる。家の奴らだって、父上だって、副司令なら上々だってんだ」
芭月に背を向けたまま語られたそれは、天日からの警告だった。
「もし、何かしでかそうってんなら――――その時は、俺がお前を殺すぜ」
「……しかと胸に、留めておきます」
家柄を気にしたり、自身や安久良を“成り上がり者”と表現したあたり――――芭月の胸の中には野心があることを見抜いた天日。
しかし、その大きさがどれほどのものなのかまでは分からない。
分からないからこそ、そこには埋めようのない心の壁があって――――その警戒心を表すかのように特魔の入り口の自動ドアは閉まり、天日の背中を隠した。
▼ ▼ ▼ ▼
その日の夜。
天日は特魔の建物の途中に腰をかけて、人工の光に満たされた街を見下していた。
街は、緑地化が進んでいた。
もうずいぶんと子供の頃見た光景とは、変わってきている気がする。
それとも、見える高さが、立場が変わったからだろうか。
「あー、暇だ。ヒュウガは当主の座を譲ってから俺たちを避けるし、兄貴は仕事の付き合いばかりでいっつも忙しそうで……」
それから天日は自分の背後に両手をついて状態を逸らすと、
「良いなぁ! みんなはやることがあって!! ――――ま、俺はそんなことやりたかねえがな!」
と、夜空に向かって叫んだ。
「昔は強くなることで褒められたが、いつの日か、親父も兄貴も顔を顰めるようになって。……いや、それはヒュウガもだったか。神夜だけだな、褒めてくれたのは」
夜空に浮かぶ星はほとんどないのに、それでも眩しそうに顔を顰める天日。
しかし、すぐにその足元を揺れる動きに気がつくと、天日はいつもの表情になって顔をそっちへやった。
動きの原因は――――特魔に帰ってきた神夜だった。
「よっ、神夜。遠出か?」
まるで、空から降ってきたような天日の登場。
それを、神夜は分かっていたかのように一切驚かず動かず不意の客を歓迎する。
「天日。うん。ちょっと厄介ごとで。そっちはどうだった?」
「あ? そりゃ、全然。あっさりよ」
「……そっか」
何気なく答えたその言葉に神夜が一瞬残念そうな表情を見せた気がしたけれど、そんなことを無視して天日は、
「それよりよ。待ってたんだ!」
と、神夜に言った。
「待ってた?」
「ああ! 手合わせしようぜ、久々に! ほら、無理言って訓練室も取ってもらったんだ!」
天日はそう言って、訓練室のカードキーを見せてくる。
しかし、それを神夜は感情のない視線でじっと見つめると、それから微笑んで、
「ダメだよ。――――私たちが本気でやり合ったら、殺し合いになっちゃうでしょ? 私、天日に手加減できるほどの実力じゃないよ」
と、子供に諭すように言った。
「……」
提案をあっさりと躱された天日は、口を開けたまま顔を引き攣らせポカンとしてしまう。
一方で、神夜は本来の目的通り特魔の中へと向かって歩き出す。
すると、通り過ぎていく神夜の横顔に天日はこう呟いた。
「……なら、俺が裏切ったら? そしたら、本気で――――」
すると、その時になって――――初めて、神夜の中にいる本当の神夜と目が合った。
「――――殺すよ」
瞳を通じて、伝わってくる。
そこには今日初めて見せた感情が、怒りが――――殺意があった。
そして、天日は気がつく。
(そうか。――――敵になれば、殺し合いに那れば、本気になるんだ)
この時、すでに天日は絶望していた。
天日の心は乾いていた。
絶望の形は、不幸だけではない。
枯渇も、空虚も、退屈も、それは絶望と呼んで良かった。
(こんな暇だらけのクソみたいな世界なら、太く短く。どうせ死ぬなら、好きに生きればいい)
そして今、そこに1つの水が、希望が、玩具がもたらされる。
(こいつなら、最後に俺を満足させて正しく殺してくれる。この世界なんて、ぶっ壊れりゃ良いって。俺のこと受け止めてくれるはずだ……!!)
それが、天日を動かすこの日からの希望だった。
そうして至るは――――後の、禁書災禍であった。
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