4-1 運命を辿る大人たち
「総司令、入ります」
秘書の者がそう口にして、総司令室に入る。
そこで待ち構えていたのは、小さな台の上に足を乗せて身の丈に合わない椅子に座る――――骨喰神夜だった。
「何かあった?」
神夜は赤い瞳でじっと秘書を見つめ、首を傾げる。と、紫色のサイドテールがぴょこんと跳ねた。その姿は、どう見ても総司令という地位には見合わず、同年代のものたちと比べても子供っぽかった。
「お伝えすることが、2つ。決めていただきたいことが、1つ。――――まず初めに、以前より報告のあった反社会的勢力による黒魔術の使用。その正体が、特定できました。使用者は、ムササビ。雇われの暗殺者であり、10代の青年のようです。それ以外の情報はなく、おそらく孤児だと思われます」
「そっか」
すると、神夜は秘書にも聞こえないような声で、
「やっと育ったかな」
と、呟いた。
「え?」
「いや、誰を当てがおうかなって。――――そうだなぁ。対処は、天日にお願いしてみてくれる? もちろん、ちゃんと殺してって」
「……かしこまりました。それと、もう1つは隣国に再び奇妙な動きがあるようです」
「奇妙な動き?」
「各国の魔力を持つ子供を攫い、研究機関で強制的に魔術に目覚めさせたり、どの欲望・刺激・感情が最も魔力を生むのかを実験しているようです。おそらく、兵士として戦争に転用する気かと……」
「……またか。前も1回潰したのに、懲りないなぁ……」
今度は、頭を抱える神夜。と、出した結論は、
「分かった。そっちは、私が直接行くよ」
というものだった。
「総司令、自ら出ですか……?」
「そのほうが早いでしょ?」
「総司令の生得魔術ですか……」
「うん。あれだと、自然死に見せかけられるから揉めなくて済むし。それに大量に殺せれば、その魂の数だけ私の魔力の糧になるんだから」
「ええ、まあ……」
骨喰神夜の生得魔術の能力は、魔術士たちの中では有名だった。――――しかし、そんなことあってはならない。能力が有名と言うことは、つまり常に手札を晒して戦うことになる。
そして、その上で骨喰神夜は魔術士になってから無敗だった。
中でも《王魔伽刻:1の刻》はその強さを象徴するもので、子供の頃とは違い、今のそれは“紋章を刻んだ相手に死の運命を押し付ける”というものだった。それも、死の内容は自由に選べた。
(先代の行いが悪く室館派に嫌われていたから赤木清流が副司令になったとはいえ、彼女で大丈夫なのでしょうか……)
その訝しむ秘書の視線に神夜は気づいているのかいないのか、変わらぬ様子で机につけられた装置に暗証番号を入力すると、
「じゃあ、飛行機のチケット取ってもらっていい?」
と、言う。
そして、次の瞬間、シャッと机の棚の1つが開いて銃が姿を表す。と、それを手に持って神夜は、
「あ、そうか。飛行機だから、現地調達の方がいいか」
と、まるでうっかり教科書を取り間違えた学生のように言った。
(いえ、大丈夫なのでしょうね。あの強さと――――淡白さがあるからこそ)
秘書は、認識を改める。
自分の目の前にいる人間は自分の常識では測れないような存在なのだ、と。
だから、己の意見など殺し、役目に徹するのだ。
「お待ちください。それと、決めていただきたい1つというのが、警視庁長官との定例会議なのですが……」
「ああ。そっちには、清流を送っておいて」
「よろしいのですか? 総司令は、会食にも会議にもほとんど出席なされていませんが……」
「うん。彼らは、私が総司令候補になる前から清流との方が面識あるしね。――――それに魔術士という職業上、政治に優れるものではなく武力に優れたものがトップになるというのは理解しているはず。まあ、今日昨日にできた組織関係じゃないからね。――――ということで、彼らは清流が実質的な権力を握っていると信じている。だから、その方が何かと都合がいいんだよ」
「はぁ……」
秘書は若干の戸惑いを感じさせつつも、それを受け入れる。
それだけが、深く事情を知らない彼女にとってできる唯一のことだった。
▼ ▼ ▼ ▼
赤木天日は、飽きていた。
天日は、自身の手を見つめる。
すると、遅れてその手のひらの上には赤い血が姿を表し、その手の向こうに頭がぐちゃぐちゃに潰れた死体が現れた。
「透明化が、ただ物を強く握れるだけのやつに負けんなよなぁ……」
暗がりの中で呆れたようにそう呟くと、頬を伝う自身の血を舐める天日。
天日はたった今、上から指示された殺し屋の青年を殺したところだった。
それから、天日は特魔へ電話をかける。と、一言、
「終わった」
とだけ、伝えた。
「お疲れ様でした、天日幹部。そのまま特魔に帰還していただいて、大丈夫です」
「あいあーい」
オペレーターの言葉に従い、天日は特魔に移動する。
すると、その入り口で見つけたのは、安久良の背中だった。
「おー、緋山」
「――――!」
その声を聞くと、安久良は肩をビクッとさせる。そして、嫌そうな顔で振り返ると、
「……もう骨喰だよ」
と、返してきた。
「いいだろ! 俺の中では、緋山なんだから」
「なら、せめて下の名前で呼んでくれ……」
「おっ、そりゃいいや。けど、いいのかよ」
「その方が幾分かマシってだけだ」
「ひひっ、良いなら良いけどよ」
「……ところで、また殺してきたのか」
「ん?」
安久良の訝しむ視線を辿っていくと、天日は自分の服に血の痕がついていたことに気づく。と、その汚れを咎めるように、
「さっさと着替えてきたらどうだ」
と、安久良が言った。
「……」
安久良の言うことは最もだったが、それでは面白くないと天日は明後日の方を見て想いを巡らせる。
と、次にその口から出てきたのは、
「――――お前のその魔力みたいに、醜いからか?」
という、揶揄いだった。
「なんだと……!?」
「お。怒った?」
安久良の顔色が変わったのを見て、天日は少し嬉しそうに眉を上げる。と、そのまま、
「なーんか、変だよなぁ……。その魔力。普通、魔力ってのは流れを見れば、心の臓に繋がっているもんだ。――――けど、お前は違う。全身に散らばってる。まるで湿疹みたいに、その体に魔力が巣くってる。まるで、才能のない奴が魔力に犯されてる見てえだ」
「……!」
その言葉にさらに深刻な顔になる、安久良。すると、そこにトドメとばかりに、
「ムカついたか? ――――なら、やってみせろよ。偽物野郎」
と、天日は言い放つ。
しかし、その時だった。
「お二方、戦うならもっと目立たないところでなさいませ」
そう割り込んだのは――――赤木芭月だった。
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