3-7 たとえ化け物になったとしても
ついに禁書3冊分の魔力をその身に受け入れた、天日。
直後、その禁書によって真っ黒に染められた肌にカロは《魔蜘蛛の糸:堕天》を放ってみるも――――バチンと岩を打ったように跳ね返るだけでもはやその肌に傷をつけることは叶わなかった。
それからも、天日はただ自分をどうやって楽しませてくれるのかと品定めをするようにカロを見下す。
と、次にカロが繰り出したのは、《死線咆哮》だった。
禁書《嫉妬》により増大した魔力で、禁書《支配》によって現れた大量の悪霊を腕に取り込み、そして禁書《妄信》による魔力の粒子の渦《牙》と共にそれを放つ。
一体となったそれは、まるで真っ黒な光線のようで月でさえ破壊してしまいそうな威力があった。
しかし、それすらも天日にはぬるい。
それは、天日の肌に多少の引っ掻き傷のようなものを作るも、すぐに天日の体は修復し切ってしまう。
そして、天日は一言、
「それ以上がないなら、終わりでいいか?」
と、尋ねた。
その圧倒的な力量差を前に、カロはそれでも拳を繰り出す。――――と、天日はそれに合わせて拳をぶつけてきた。
次の瞬間――――カロの拳は、まるでパズルのようにバラバラに砕ける。
「……っ、ぁあああああああああああ……ッ!!」
カロの腕の破片たちは《魔蜘蛛姫ノ綴織》によって繋ぎ止められ、傷口も縫われていくが、その痛みは尋常ならざるものだった。
それから、天日は埃を払うように簡単にカロの胸をポンと手の甲で押すと、カロは一瞬にして50メートルほど吹き飛ぶ。
しかし、そんなカロに追撃は飛んでこなかった。
代わりに天日が興味を持ったのは、カロを払った自身の力そのものだった。
「これは……。これこそが、世界を掴む――――いや、壊す力……」
天日はそう呟くと、ぐっと手を握る。そして、
「この力に、復活した神夜は応えてくれるのか……? 禁書3冊を渡したところで……。――――いや、あるいは」
と、カロを見た。
「目の前でお前を殺せば、本気になるかな。――――カロ」
至ったのは、兄が自分を殺すために考えた秘匿作戦と同じ結論。
そうでなくては――――史上最強と思われる魔術士に禁書を3冊渡した上で実子を殺して見せ、彼女を心の底から憎しみで満たさなければ渡り合えないほど自分は強くなってしまったと、天日は自覚していた。
そして、それはカロが取るに足らない力であることを示しているに過ぎなかった。
(あれと張り合うには、こっちも落ちるしか……)
こっちだって禁書は3冊持っている。なら、同じことができるはず。
(想像しろ。――――全てを奪われる絶望を)
カロの頭の中には――――かつて、ヒュウガに殺されかけたシズクの姿や岩手に殺された陽華の姿が浮かんでくる。
(拒絶しろ。――――全てを奪われる絶望を)
そして、カロの中から3冊の禁書と3体の悪魔が現れる。――――と、それらはカロを抱きしめるように、黒い魔力で包み込んだ。
「駄目だ……! ――――加那太!!」
その様を見て、天日に吹き飛ばされたダメージから回復できていない安久良が叫ぶ。
しかし、それは黒の魔力に阻まれて届かない。
それでも安久良は立ち上がり、転んでも遠く遠くのカロに向かって手を伸ばす。――――と、その手の影から、天日に向かって黒いうねりのようなものが飛び出した。
次の瞬間――――天日は初めて、防御をした。
天日の睨む先、黒い魔力のモヤが晴れる。
すると、そこから現れたのは、夜の闇よりも黒い肌に死者の肌よりも白い髪と体に刻まれた模様。
その上に浮かぶ赤い瞳だけが、かろうじて名残を感じさせるそれは――――禁書3冊の魔力を取り込んだカロだった。
カロと天日は互いの腕の交差する先で目が合うと、先に動いたのは――――カロだった。
カロは空いている方の手のひらに《牙》を構えて、天日の腹に押し付けようとする。
が、天日はその手を自身の空いてる手で掴むと同時に、交えていた手ももう片方の手で掴み――――カロの両手を握り潰した。
一瞬、勝ちを確信する天日。――――しかし、次の瞬間、天日の腹を2つの《牙》が貫いた。
「――――!?」
天日は驚いて、思わず飛び退く。――――と、カロの両腕は確かに砕けていた。補修する魔術の糸たちがそれを証明している。
その上で、天日にはさらに目を奪われることがあった。それは、カロの4本の腕だった。
カロの砕けた2本の腕。――――加えて、背中から生えた2本の腕。
「そうか……! 《魔蜘蛛姫ノ手鏡》で、生やしたのか……!!」
からくりを言い当てる、天日。
その通り、カロは糸人形の分身を部分的に使い、自分の背中から腕を生やして見せたのだった。
一方で、カロは腕が治るのを待ちながら、
「やっぱり、即死させないとダメか……。それとも、死ぬまで殺し切るべきか……」
と、呟く。
すると、天日も時を戻して自身の体を治し、
「できるといいな――――」
と、一瞬でカロに迫ると、腹に蹴りを突き刺した。
「――――ッ」
カロは内臓が破裂しそうになって、口を閉じパンッと頬をリスのように張る。――――と、逃げるのではなく、そのまま4本の腕で天日の足をがっちりと掴んだ。
すると、天日は掴まれたままの足を置いて、防ぐ術のなくなったカロの顔をバチンと拍手をするように押し潰そうと、カロの顔を中心に左右から両手を閉じる。
その勢いを止めたのは、新たに生まれたカロの4本の腕だった。
しかし、新たに生まれた4本の腕を以てしても天日の腕には少し抗える程度で、その力強さはグググとカロの顔に迫ってくる。――――と、カロは天日の足を押さえていた腕を離し、天日の顔の前に持っていくとその顔を《魔蜘蛛古城》による魔術の網で包んでしまった。
視界を塞がれた、天日。――――その直後、バチンと天日の手が閉じる。
しかし、そこに何かを潰したような感覚はなかった。
だから、天日はその閉じた手のひらをグリッと擦り合わせながら、左手を上に右手を下に捻る。
すると、その手の中の小さなうねりは――――空間にヒビを入れ、渦を生み、破壊した。
天日がパッと手を開くと、空間が元に戻り始める。――――と、そのうねりは続けて天日の頭を潰しにかかった攻撃をしゃがむことで回避したカロや辺りの空気を引きつけ、さらには元に戻るのを通り過ぎて天日が捻った方向とは反対の回転になると――――今度はカロをどこまでも振り回し、弾き飛ばした。
「……計8本の手足、まるで蜘蛛だな」
地面に打ちつけられたカロを見下して、天日はそう口にする。
それを聞いて、カロは起き上がると、
「蜘蛛だろうが化け物だろうが、なんでもいい。お前を殺せるなら。――――だから、もっと。もっと寄こせ……!!」
と、言った。
しかし、次の瞬間だった。
カロは、黒い血を吐く。
そして、突然頭を抑えると、
「……ッ! ぁ、ああああああああっ……!!」
と、痛み出し、その場に膝をついた。
それから、黒い魔力が何もないはずのカロの周りを指しように刺々しく荒々しく乱れ始める。と、カロは悲痛な叫び混じりに、
「……っ、分かってるんだ……!! 殺す……! 殺す殺す……!! 全て殺す……!! 俺とシズクの幸せを阻むものは全部! 魔術士も、人間も、この世界も!!」
と、誰かと会話をするかのような調子でそう溢した。
それを見て、天日は呆れたように、
「自分の欲にすら、支配されるなんてな。――――他人に理由を求めるなよ。だから、そうなるんだ。自分以外に答えを求めちゃ、限界なんてすぐにやってくるぜ」
と、口にする。
すると、カロはその言葉に反応するように、魔術のムチを――――いや、ムチとは言えないような荒々しい黒い魔力の線を天日に向かって振るった。
「ほらな、単調だ。一気につまらなくなった」
しかし、天日はそれをあっさりと躱す。
そして、次々飛んでくるカロの伸縮自在の腕たちも、カロの眼前に迫った時に飛んできた《牙》も躱して、その体に向かい強く握った拳を叩き込むのだった。
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