3-6 死地に触れる
カロの《死線咆哮》によって、左腕を失った天日。
しかし、天日は何度もそうしてきたように禁書《無情》の“時間に干渉する能力”によって、自身の体の時間を戻し、全快しようとした。
そこへ、天日の背後から飛び込んできたのが、安久良だった。
安久良は、天日の操る禁書《無情》の前に手をかざすと、それに向かって自身の持つ白の魔力を放つ。と、直後、天日に蹴り飛ばされてしまった。
しかし、その行動は天日の体に1つの異常を残した。
それは――――禁書《無情》の不発。
天日の体の時間は戻っておらず、その左腕は欠けたままだった。
「何をしやがった……!」
困惑する天日に、体制を整えて鼻から血をプッと捨てると、安久良が、
「相殺だよ」
と、答えた。
「封者の白い魔力は、禁書の悪魔を封じ込める。――――なら、他の禁書だって封じられるだろ?」
「そんなことが……!」
「出来たなぁ。運良く」
命懸けの検証。
これが、安久良の償いなのだろうか。
ともかく、これで状況は一変した。
狩る側も弱点を見つけられてしまえば、今度は狩られる側になるのがこの世の常だ。
カロと安久良は、アイコンタクトもせずに同時に天日に襲いかかる。
しかし、それでも天日はカロのムチ攻撃をのけ反ってか躱すと、それを右手で掴み、捉えた。
「封じられたのは、禁書《無情》だけ……! ――――まだ、やりようはあるッ!!」
そして、こっちへこいと言わんばかりにそれを引っ張った。
天日に向かって引き寄せられる。カロ。
それを、天日は引いた右手に赤黒い魔力を込めて待ち構える。
一方で、カロは溜めを必要とする《死線咆哮》を構えた。
その姿を見て、天日は、
「それじゃあ遅ぇッ!!」
と、言った。
その言葉通り、天日の方がカロの魔術よりも先に拳を振るい始める。――――が、その時だった。
グイッと奇妙に、まるで天日を中心にコンパスで円を描くようにカロが右に軌道を変える。と、拳を振り切った時、すでにカロは天日の左隣にいた。
「安久良が軌道を変えやがったか。――――だが、それがどうした!!」
すると、それでも天日はカロが《死線咆哮》を放つよりも早く、カロの目の前を引っ掻くように振り切った拳をそのまま振り下ろす。――――と、その時、拳に握り込まれていた空間が、幕を引き剥がすようにズルッと一緒に引っ張られた。
直後、放たれた《死線咆哮》は、天日に歪められてできた空間のシワに沿って進んでいく。
すると、それは天日の周りをぐにゃりと曲がりながら通り過ぎて、天日を通り過ぎた後でまた真っ直ぐになって明後日の方向へ飛んでいった。
「んな、メチャクチャな……!」
カロはそう溢して、天日を睨む。
「それが、俺だッ!!」
すると、その頬に今度は振り下ろした右手で裏拳をかます、天日。
それを、カロは顔の横に腕を交差して受け止めた。――――そして、腕から魔術のロープを生やし、自身の交差した腕に天日の右手をぐるぐる巻きにして縛り付けた。
「親父!」
カロが叫ぶ。すると、安久良は、
「――――《Ⅰの矢》」
という言葉を置き去りに、彗星のような白い閃光で闇夜を切り裂いて天日に突っ込んできた。
そして、そのまま宙に天日を攫うと、良きところで天日を宙に投げ捨て、それから、
「《Ⅱの矢)》――――《Ⅲの矢》――――《Ⅳの矢》――――《Ⅴの矢》――――」
と、白い魔力の線は天日を中心にして星を描くよう何度も攻撃し、最後にその頂点から、
「――――《小宇宙ッ!!》」
と、安久良が垂直に天日の元へ落ちると、その腹を殴られて天日は地面に叩きつけられた。
地面が割れ、空気に衝撃波が走る。
キラキラと白い魔力が舞う中で、宙に浮きながら安久良が天日を見下していた。
そんな視線の先、土煙の中で天日は天を仰ぎながら血を吐く。
いや、むせる。
肺の中に溜まった血が、かろうじて外に出た。が、それでも息苦しさは変わらない。
「親子の絆ってか? こんな終わり方ってあんのかよ……」
そう呟くと、天日は安久良に向かって右手を伸ばす。そして、
「良いなぁ、その力。羨ましいよ」
と、口にした。
羨ましい、そんな言葉が自分の口から出たのが意外だったのか。天日は自分に自分で、
「羨ましい?」
と、聞き返す。
「そうか……。俺は、羨ましかったのか。――――俺にはいけない所へ行く、神夜が……。俺には持てない力を持つ、あいつが……。力もないくせにその地位にいる、清流が……。当主という座に座っていた、あいつらが……」
そして、その後に続いたそれは、本心からの吐露のように思えた。
「……なら、認めちまえば。世界に認めさせるんじゃなくて、俺が認めちまえば、楽だったのか……? それなら……。それなら――――」
天日は、譫言のようにそう続ける。――――しかし、次の瞬間、言葉は急に力を取り戻す。
「それなら――――こんな力は、手に入ってねえよなぁ……」
そして、掲げられた右手がぐっと握られると、その時、
「ただいま戻りました。ご主人様」
そんな、静かで美しい男の声が天日の頭の中に響くと、天日は黒い魔力に包まれ――――直後、黒い魔力の中から飛び出してきた影に、安久良はスーパーボールのように簡単に吹き飛ばされた。
「んんーッ……。やっぱり、譲れねえなぁ……。どれだけ理性で納得させようとしてみても、見ないふりしてみても、この滾りが俺を逃がしてくれはしねえ……!」
先ほどまで安久良がいたその場所に、月を背負って立っていたのは――――体の完全に戻った、赤木天日だった。
「どうして……!」
「使えるようになった手段を使った。それだけだ」
「……っ、そうか!」
そこで、カロは気がつく。
(白い魔力は、禁書の悪魔を封じ込める作用がある。――――だが、相殺は長く続かない。悪魔1体に封者1体の魔力でようやく釣り合ってるのなら、白い魔力を溜めて注いでも奪える時間は数十秒から数分程度にしかならない……!)
絶好の機会を逃してしまった、カロたち。
そして、最悪には最悪が重なるもので、
「しかし、感謝してるぜ。カロ、安久良。――――死地に触れたおかげで、俺は俺の全力の先の全力。極限に気づくことができた」
「極限……?」
困惑するカロに、天日は笑う。
「その時は全力でやったつもりでも、後から見たらもっとできたなって時あるだろ? そんな後悔、死ぬ時にしたくねえ。――――極限は、そんなことを後悔する余地もないくらい限界を出すってことさ。――――つまり、最終手段。――――最終ステージだッ!!」
そして、天日は自身の体の中から禁書《虚栄》《依存》《無情》の3冊を取り出す。――――と、たった1つの命令を下した。
「禁書ども。俺にあの白い魔力を使わせる気がねえなら、俺にありったけの、白の魔力を噛みちぎるほどの黒い魔力を寄越しやがれ! ――――そして、『この世界の全てを否定し、最強になる』って俺の欲望すらも、てめえらの主すらも喰ってみせろッ!!」
この夜は、明けない。
そう思わせるほどドス黒い魔力が、天日を包み、空を染め上げる。
「覚醒……。それも、禁書3冊……」
カロの呟いた先、黒い魔力が晴れて瞳に映ったのは――――まるで体ごと黒い魔力として生まれ変わってしまったかのように黒く染まった肌から火の粉ように黒い魔力を滾らせ続ける、天日の姿だった。
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