3-4 言葉よりも衝動に身をゆだねて
安久良がカロを助けに入る、少し前。
安久良は吹き飛ばされて地面に座ったまま、淀んだ目で戦場を見つめていた。
「あなた様は、魔力を介する虫を喰らうことで魔力を手に入れ、魔力の拒絶反応に苦しみながらも戦い続けた」
その隣に立つ老人のような見た目をしたサンズは、6本指を持つ6つの腕のうちの1つで顎を撫でながらそう口にする。
と、安久良は、
「あれから勝手にいろんな現場に顔出しては、何十もの死に目に会って乗り越えて、実績を重ねて――――それで、神夜と結婚したんだ」
と、少しだけ人間味を取り戻した表情で言った。
「そう。あなた様はその命を賭して、理想をその手に収められたのです」
「運が良かった。神夜の結婚は、ヒュウガの実力不足で彼女が当主決めや総司令争いの矢面に立つ前に決められたものだったから」
「運……。まさにそうですな。――――運が巡るということは、あなたがその運命に、理想に辿り着くべき人間だったということでしょう」
「理想……」
「ええ。そのままであれば、あなた様は幸せでいられたでしょう。……しかし、それをあの男に壊されてしまった。その恨みは、捨てても捨てきれぬはず」
「恨み……」
安久良の声色がトラウマを思い出してか暗くなると、サンズはその暗さを強くするように黒い魔力の渦巻く杖を安久良の頭の上に掲げ、
(……残酷なものよ。骨喰神夜が貴様を選んだのは――――自分に従順そうだから、それだけなのに)
と、見下す。そして、
(だが、真実などどうでもいい。こやつに都合のいい夢を見せ、そして絶望を増大させる。それこそが、この書から出るための我の力に――――)
そう、安久良に力を使おうとした時だった。
サンズの魔力が、乱れる。
「魔力の乱れ……! 他の魔力と干渉しているのか……!」
サンズがその原因を求めて戦場を改めて見ると、そこでは天日が魔力を取り込んだ後で――――さらにカロが自分の体に悪霊を取り込もうとしていたところだった。
安久良の目にも、悪霊を取り込むたびに苦しむカロの姿が映る。
すると、安久良が問うよりも早く、サンズが、
「あれは、禁書の覚醒……」
と、口にした。
「覚醒?」
「欲望に強く支配される代わりに、禁書の魔力にさらに深く落ちていく。……まあ、あの者ほどの素質であれば、自我を保てましょうが。本来は、欲望を叶える為だけの獣と化す最終手段とも言える状態でございます」
そう答えると、サンズはじっと天日とカロを見つめ、
「しかし、なるほど。赤木天日は3冊から1冊分に相当する力を均等に受け取っている。一方で、骨喰加那太はそれと渡り合うため、1冊の禁書から100%に近い力を受け取ろうとしているのですな」
と、呟いた。
「どちらが強いんだ?」
「33%を3冊から受け取ろうが、99%を1冊から受け取ろうが我ら悪魔の力は同じ。同じだけの力で、同じだけのリスクを負う。……しかし、赤木天日にそれを受け入れる力があるのなら、骨喰加那太にも同様の器があると言える。禁書1冊程度なら、問題は」
「……本当に?」
安久良の目は、いつの間にか心配そうにカロを見つめていた。それを、サンズは見逃さない。
(ふむ……。このままでは良くないな)
安久良をそう一瞥すると、禁書《臆病》がどこからかやってきた風にパラパラと捲られ始めた。
「お忘れなさいますな。――――あなたの敵は、赤木天日。そして、赤木芭月。――――奴らを殺して、復讐を遂げるのです。そうして禁書を使い、理想を取り戻した時、あなた様はやっと報われるのです」
安久良の復讐心をあおるようにそう続ける、サンズ。
それに呼応するかのように、風が禁書をめくる速度はどんどんと早くなっていく。
それを確認すると、サンズは一息置く。そして、仕上げに、
「さあ。壊された理想を思い出してくだされ。それが、あなたの原動力となるはず」
と、安久良の心に楔を打つように言った。
「理想……。ああ。加那太を神夜が身ごもったって知った時は、飛び上がるほど嬉しかった」
「あなた様が、手に入れるはずだった未来です」
サンズは安久良の心をもっと暗いところへ追いやろうと、言葉を紡いでいく。
しかし、そのサンズの言葉に、安久良は、
「分かってる。分かっているんだ……。けど、ならなんで――――」
と、グッと拳を握ると、
「なんで、この心はこんなに迷っているんだ……!」
と、続けた。
「迷っているだと……!? あなた様は復讐を――――赤木天日への怒りを忘れたのですか!!」
サンズが、初めて声を荒げる。
すると、その瞬間――――カロの放った《死線咆哮》と天日の生んだ《死兆星》がぶつかり合って、その衝撃波が安久良とその周りの木々を薙ぎ倒した。
安久良は転がりながらもなんとか起き上がり、禁書《臆病》の持つ“物理法則に干渉できる力”――――《方向性矢印》で無様な格好になりながらもなんとかその場に留まる。
と、安久良は地面を踏ん張って立ち上がり、顔を上げ、
「ああ、そうか。この復讐心は捨てられない。――――だけど、それはあの日の嬉しさを捨てられないってことなんだ」
と、悟ったように言った。
「何を言って――――」
サンズはその言葉に、食い下がる。
すると、そんなサンズに、
「サンズ。あなたは、負けたのです。――――この者の持つ復讐心という欲望。それと同じくらい、いえ、それに負けずに心の奥で咲き続けていた――――愛情というものに」
と、どこからか中性的な声が語りかけた。
「愛だと……!!」
サンズは、声のしたほうを振り返る。
そんなサンズの瞳に映ったのは、禁書《臆病》とその中で光を放つ――――白いページだった。
「貴様、まさか――――《行動》ッ……!!」
次の瞬間、サンズはその場から消えると、代わりに目の前には神官のような白い衣装に包まれた中性的な人物が現れる。
すると、その人物は、
「我が名は、《行動》。――――禁書《臆病》の封者にして、かつてこの世界に存在した神の使徒」
と、名乗ると、それから、
「骨喰安久良よ、答えは出ましたか?」
と、尋ねた。
安久良は目の前の出来事のおそらく3割も理解出来ていなかっただろうが、サーズ――――そう名乗った人物にそう問いかけられると、自然と心の殻を剥がされたように素直になって、
「ああ。なんで悩んでたか、いま分かった。――――俺は、今の加那太を捨てられない。――――加那太は俺と神夜、その理想の結晶なんだ。神夜が俺に残してくれたものなんだ。――――もし、この胸の温かさも恨みを忘れられないというのなら、俺は復習を遂げて、いま目の前にある理想も守ってみせる」
と、答える。
そして、サーズに向かって手を伸ばすと、
「命でもなんでも持っていってくれ」
そう言って、続けて、
「――――《方向性矢印)》」
と、口にした。
「良い答えです。――――であれば、私も力をお貸ししましょう」
次の瞬間、サーズはその場から消え――――その向こうにいた天日の腕に向かって、白い魔力が飛んでいった。
そして、その魔力は天日の腕を止めようとまとわりついた。
「ぐっ……!! これでも、こんなに重いのか……!!」
安久良はそう歯を食いしばると、完全には止められなかったせいで天日の生んだ衝撃波から小さな影が飛び出した。
それを、安久良は迷わずにまっすぐ追いかける。――――と、いま確かにこの腕で、体で、カロを抱き止めた。
「どうして、今さら……」
カロの言葉は、最もだった。きっと謝罪してもし足りないだろう。
しかし、それでも、
「すまない、加那太。やっと気づいたんだ。もっとお前と向き合うべきだったって。――――お前が生きていると聞いた時、恨まれても怒鳴られてもいいから1番に迎えにいくべきだったんだ……」
と、後悔の言葉が出てきてしまう。
しかし、もう言葉だけの自分ではない。
「償えるとは、思っていない。許しもいらない。だけど、共に戦わせてくれ。――――どうやら、腕1本くらいなら俺の力もあいつに届くようだからな」
安久良はその場に優しくカロを置くとカロの前に立ち、天日と対峙する。と、天日はそんな安久良を睨んで、
「安久良ぁ……。お前、その禁書《臆病》の力で、俺の拳を止めやがったな」
と、違和感の正体を言い当てた。
それでも、安久良は動じない。
すると、その背中を見ていたカロは、
「今さら、父親面してんじゃねえよ」
と、すでにその傷を魔術が勝手に治して始めている体で安久良の横に並び立つと、
「別に、あんたとは暮らさねえ。顔も見たくねえ。――――だけど、こいつに勝ったら償いくらいは受け入れてやるよ」
と、戦闘体勢をとった。
そんなカロの言葉に、
「充分だ。それだけで」
と、安久良はカロと出会ってから――――いや、神夜が死んだ日から初めて笑顔を見せる。
そして、
「これは、勝たないとな」
と、同じく真剣な顔つきになって天日と対峙するのだった。
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