3-2 紛い物の繋がり
(なぜ、俺は動かない……)
カロと天日の争いが、遠くの方に見える。
闇の中から、影が立ち上がる。
その正体は――――安久良だった。
安久良は、足元に落ちているメガネを拾って掛け直す。と、改めて戦場を見つめた。
目の前では何度もカロがピンチになるし、押されているのも分かる。
しかし、安久良の心はここにはなかった。
(俺は、誰を殺せばいい。天日が言っていたことが本当なら、ここで天日を殺し、そして赤木芭月も殺してしまえば復讐は終わって……。そして、その後で禁書で神夜を復活させる……? でも、それで良いとして――――動けたとして、俺はあの中に入っていけるのか?)
カロと天日のやり取りは、一介の魔術士から見たとしても全く以って別次元であろう。
すると、安久良の中から禁書《臆病》が現れる。
そして、黒い粒子を撒き散らしながら、老人のような見た目をした男が現れた。
「サンズ……」
安久良が、その姿を見上げる。
すると、6本の手に6本の指、それで杖を握るサンズはまるで賢者が説くように聞くものに正しさとは何かを感じさせる荘厳な声で、
「今は、行くべきではないでしょうな」
と、呟いた。
そして続けて、カロたちの方を振り返り、
「あの骨喰加那太は、骨喰神夜の復活を望んではいない。――――つまり、あなたにとっての理想ではない。――――ならば、ここは捨て駒として使うべきでしょう。幸い、やや劣勢ながら実力拮抗している。ならば、そのまま争い続けてもらうのです。そして、彼らが隙を生んだ時、その時に禁書を奪うがよろしい。――――そうして、願いを叶えるのです。その体が、禁書の力に耐えられなく前に」
と、語った。
「加那太を、捨て駒に……」
そう顔を翳らせる安久良を、サンズから漏れ出る黒い粒子が包む。と、サンズは、
「思い出もない、思い入れもない息子に心を痛める必要はございますまい。――――この好機は、2度と訪れぬものでしょう。しかし、禁書の力を使い、生き返えせば思い出はこれからいくつも作っていけまする。あなたの望む、理想の子供と家庭で。――――これも、大義のためです。命を賭けて望んだのならば、命をかける場所を間違えてはいけませぬぞ。……あなた様がその力を手に入れた時のように」
と、そう囁いた。
「知っているのか……!?」
「ええ。知っていますとも。あなた様の魔力と繋がった刻から。――――あなた様は本来、魔力を持たず魔術など使えなかった。しかし、あの日、骨喰神夜と並ぶために呪ったのです。――――自分自身を」
「……ああ。そうだな」
再び顔を上げた時、安久良の瞳は澱んでいた。
そして、そこに今のカロは映っていなかった。
▼ ▼ ▼ ▼
骨喰神夜と緋山安久良が出会って、14年。
緋山安久良、24歳。
安久良は、特魔の職員として働いていた。
事件中に避難誘導をしたり、主に魔術士たちが事件を解決した後で一通りの記憶を消して改竄している間に事件現場から魔術の痕跡を取り除くそういう役目が主だったが、それは安久良の希望でもあった。
それだけ事件に関われば、あの神夜に近づける機会があるかもしれないという淡い期待があったからだった
しかし、それに反して神夜は現場作業員どころか、同じ魔術士の手助けすら必要とはしなかった。
「アングラくん! 聞いた? 次の幹部会議で、誰が特魔の総司令になるのか決まるらしいて」
とある事件の後始末。
駅の前には、救急車が大量に並んでいた。
その駅の花屋の中。
安久良は店内に散らばった花をまとめて拾い上げると、同僚の男性からそう話しかけられた。
「……安久良です」
「知ってる! でもアングラとも読めるでしょう?」
「読めますけど……」
「いいじゃない。あだ名くらい」
「はぁ……」
安久良は、現場の人間関係にはほとほと興味がなかった。
時折自分の手を見つめて魔術が使えるようにならないかと考える方が、まだ有意義に思えるほどだった。
「それで、誰が総司令になるのか決まるっていうのは……。総司令って、そんなご高齢でしたっけ?」
「倅の年齢を考えて、行ってても60くらいじゃないかなぁ……」
「60……。引退を考える年齢ですか。なんかこう、警視庁とかの偉い人ってその辺りの年齢でもバリバリ活動しているイメージがあるんですけど」
「あのねぇ、アングラくん。彼らは魔術士だよ? 皆等しく戦うのが仕事で、そのトップオブトップは最も優秀な魔術士。つまりは、若く強く――――何より魔力を生み出す元である感情が新鮮であるべきって考えなんだ。伝統的にね」
「若く、強く、新鮮……」
その単語を聞くと、安久良の頭の中には神夜の顔が浮かんでくる。しかし、彼女は骨喰ヒュウガの妹であるし、その候補には上がらないのだろう。
「とはいえ、すぐにそのトップになるわけじゃないよ。候補として選ばれた数名……。と言っても、赤木家と骨喰家の当主2人なんだけど。それが総司令について回って数年勉強をすることになるんだ」
「やけに詳しいですね」
「親父が、そういうのに詳しくて、予想するの好きだったからね。俺も自然と詳しくなっていったってわけ」
「はぁ……」
「ま、出来レースってわけよ。今回は、赤木清流と骨喰ヒュウガに決まりだろうなぁ」
「骨喰神夜……」
「え?」
「彼女が選ばれることは、あり得ないんでしょうか」
「……うーん、確かに彼女は強いよね。近距離中距離遠距離、隙がない。でも、彼女は成れないよ」
「どうして?」
「当主じゃないから」
「それだけで」
「それだけで、なんだよ。――――特魔は江戸や戦国、もっと昔の時代から存在し続けたと言われている。だけど、いつだって長子相続で紡がれてきた。男の尊厳とか、そんな話じゃない。そうであったから、紡いでこられたんだ。いまさら、変えるわけにはいかねって」
「そういうもんですか」
「そういうもん。――――じゃなきゃ、この賭けも何度も成立しねえだろ?」
「賭け?」
「ありゃ、知らんの? ま、一部だけどさ。やってのんよ、職員の中で」
「どうりで……」
「お前さんもやってみるか?」
「いや、いいですよ。出来レースなんでしょ」
「そりゃあ、総司令レースは骨喰か赤木の2択よ。だけど、他にもいっぱいあるぜよ。次の幹部昇格当てに――――赤木・骨喰の倅の結婚相手当てとか」
そこで、安久良は作業に戻っていた手を止める。――――と、
「結婚相手を当てるとか、あるんですか?」
と、尋ねた。
「ああ、もちろん。2大名家は、実績良し血統良しの人間としか結婚しないからね。予測もし易いってもんよ」
「血統……」
確か、自分の家は――――緋山家は、名家だったはずだ。
「それって、“5つ歳口上“にお呼ばれするような家ってことですか?」
「“5つ歳口上“?」
「……あ、なんでもないです」
どうやら、この人が存じ上げないということは当たりらしい。
「……となれば、後は実績か」
実績。――――おそらく黒魔術師をどれだけ倒したとか、どれくらい特魔に貢献したかとか。そんなんところだろう。
(後はって言っても、それが圧倒的に足りちゃいねえんだけど……)
そうして、淡い希望にさらに夢を見て、可能性のなさに落胆する。――――しかし、そこに届きうる鍵が転がり込んできたとしたら、どうだろうか。
安久良は作業に戻り、落ちている花を拾って、監視カメラに写っていたようなかつての配置に倒れた植木鉢を戻していく。
その途中だった。
「キュルゥッ……、クギュッ……」
植木鉢の影。
まるで腹の虫が鳴るような音で、虫が鳴いていた。
サイズは、15センチほどだろうか。
すると、安久良はそれを報告せず、
「……あの、今回の黒魔術師ってどんな人だったんですか?」
と、同僚に尋ねた。
「ん? ――――ああ。なんでも、虫を介して呪いを生み出すんだったかな。本人から離れても動く上に、刺したものに魔力を宿すんだってよ」
「それにしては、被害者が多いですよね。駅の前の救急車……」
「そうそう。――――なんでも、魔力を付与する蚊を放ったらしくて、それで魔力が見えるようになった人間がパニックパニック。――――普段は、戦えるほどじゃないけど少しは魔力があってその痕跡が見える作業員がこういうのはやるんだけど、魔力の見えない俺ら末端までこんな後始末に参加してるわけ」
「魔力を付与……」
「ま、全部、上の連中が払っていったから安心だ」
安久良はその言葉を聞いて、
「へえ、残念です。その虫を食えば、僕も魔力が使えるようになったかもしれないのに……」
と、言った。
「食うって……。……なんか、あんのか?」
「いえ。ほら、僕らって普段は魔力見えないから。蚊ぐらいで見えるようになったらいいなって」
「確かに……。まあでも、蚊程度の虫じゃ無理だろうな。カブトムシサイズでも……」
「でも、使えるようになるんですよね。魔術」
「……ああ」
すると、安久良は植木鉢を元に戻して、振り返りながら同僚に笑いかける。
「それなら、十分じゃないですか。僕たちみたいな、魔術が使えない人間には」
そんな安久良の背中では、服の下で何かが蠢いていた。
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