3-1 天日、ステージ2
そんなアザミたちの影の奮闘も知らず、カロと天日はイニシュモア島の草原で互いをただ殺すことだけを求めて魔力を迸らせていた。
極論、2人の戦いは極限まで死んでも良かった。
片や禁書《妄信》の力で、痛みは伴ってもちぎれた腕を繋ぎ止めて魔蜘蛛の糸で神経や筋繊維を再接続することができる。
片や禁書《無情》の力で、時間を戻して姿を元に戻せる。
致命傷なのは、胴と頭がちぎれるか――――あるいは全身を潰されるなど、それ以上の力で即死すること。これだけは、どうしたって魔術が発動する前に死んでしまう。
こう聞くと一見、痛みを蓄積していくカロの方が不利に思えた。
しかし、カロには魔術による糸人形の分身があった。
そして――――それを以ってしても、戦況を優位に運んでいたのは天日だった。
「《壊灰廻快》」
若き日の姿に戻った天日が、自身に襲いかかってくるカロたちを宙を掴むようにして空間ごとまとめて放り投げる。
すると、今度はその向こうからバレーボールサイズの岩の塊が飛んできた。
「ムチで掴んで放り投げてきたか。――――しゃらくせぇッ!!」
その岩を今度は殴って砕く、天日。――――すると、その背後にはすでにカロがいた。
「《牙》」
その声がして、天日は反射的に振り返りながら黒い粒子の渦巻く手を伸ばしていたカロの横顔に裏拳をかます。――――が、それは、
「糸人形……!!」
そう天日の言葉通り、中身の空っぽの糸人形だった。
そして、次の瞬間――――空っぽの体の中から一切れの雲のような悪霊の人魂がわっと飛び出してくる。と、それは天日の体のいたるところに噛みついた。
「……っ、禁書《支配》を渡したのは失敗だったかぁ……!?」
しかし、振り払えぬ存在ではない。――――はずだった。
(体が、噛まれているところが……。動かない……!!)
よく見れば、悪霊に食われた箇所は変色していた。
(……そうか。この悪霊に噛まれた箇所は――――生命として終わる)
しかし、それでも天日は慌てない。むしろ、
「だが、まだまだ想定範囲……!」
と、笑うと、禁書《無情》による時間逆行により体を回復させた――――その刹那、悪霊が再び自身の体に噛み付くよりも早く天日はくるんと体を捻って手をバンザイするように悪霊の噛みつきから自由にすると、悪霊が再び自身の体に噛み付くと同時にそれを悪霊たちに叩きつけた。
天日の拳によって、空間にヒビが入る。
と、体に纏わりついていた悪霊たちは、その威力で一斉に消滅してしまった。
しかし、そこをカロが逃すはずはなかった。
次の瞬間――――カロは先ほど岩が飛んできた方向、つまりは天日の背後から天日の背中に拳を叩き込む。
それは《魔蜘蛛姫ノ綴織》によって身体能力や強度を増強された上に禁書3冊分の魔力による《魔術:強化》によって威力を増した、他のどの魔術にも類を見ないほどの破壊力を持ったぶん殴りだった。
「その喰われて死んだままの下半身で、これは避けられないだろッ!!」
ミシミシと体に食い込むその打撃に、天日は吹き飛ばされる。と、それに満足せず、カロはそれを追走した。
(くそ……! 頭を狙ったのに体を捻って背中で受けられた。致命傷じゃなくちゃ――――)
カロの睨む先、ずっと遠くの闇の中に手負いの天日は確かにいる。
「壊すことに対して、打たれ弱い。《魔術:障壁》の練度も高くない。――――なら、ここで殺せるはずだ」
あとは、殺し切るだけ。
カロはそう腹に決めると、
「《断末魔》」
と、背後から悪霊の人魂を呼び出す。
それらは、カロよりも先に天日の元へ向かって飛んでいった。
「――――ッ!」
しかし、次の瞬間――――カロは腕をクロスして身構える。
その直後、悪霊の人魂が消えた闇の中から返ってきたのは、空間を貫く打撃の波だった。
ドパァンッ――――海の波が防波堤にぶつかって弾けるように、カロの体を鈍い痛みと吹き抜ける鋭い風による切り傷が襲う。
「……っ、こんなもの……!!」
それに体が軋もうと傷が避けようとその場で踏ん張って立ち向かう、カロ。
その傷を、《魔蜘蛛姫ノ綴織》と禁書《妄信》が次々と修復していく。
そして、その圧が弱まる頃、体を万全に回復した天日が闇の向こう側からやってきて、カロの腹に飛び蹴りをかました。
「ガハッ――――」
「――――復ッ活ッ!!」
しかし、次の瞬間、そのカロも糸人形に変わる。と、カロの中から大量の悪霊の人魂が溢れ出て、台風雨のようにぐるぐると辺りを回り天日を包み込んでしまった。
「また人形かよ……! つまんねえなぁ……!!」
その渦は狭まくなっていき、天日をだんだん削ろうとする。――――が、それに気づいた天日は、空間を掴むと、
「《壊灰廻快》」
と、それを引きちぎった。
「――――お前だって、そればっかじゃねえか」
悪霊の人魂の渦が晴れて、目の前にいたのは――――自身に向かって手を伸ばすカロだった。
そして、目が合った次の瞬間、カロは《牙》を放つ。
すると、カロの手のひらに小さく渦巻いていた黒い魔力の粒子は、螺旋回転する鋭い1つの槍となって――――天日の右頭部を貫いた。
しかし、一方で天日も顔の右半分を欠損しながら、本能的にカロに向かって突進し、そしてその顔を右手で掴み――――握り潰した。――――が、
「――――それすらも、糸人形なんだろ?」
天日が小さくそう呟いた直後、目の前の頭を掴んでいたはずのカロは糸となり、代わりに拳を握ったカロが空から降ってくる。
そして、そのまま天日の顔を、
「くたばりやがれッ!!」
と、地面に向かって叩きつけた。――――はずだった。
確かに重たい感触があった。拳に確信もあった。
しかし、そこに天日はいなかった。
カロは、まるで宙を空振ったような格好になって地面に着地する。
(殴っ――――って、ない!?)
すると、その現象の原因に気づく前に、
「確かに。でも、やっぱり――――慣れた魔術が1番だよな」
と、横から声をかけられて、顔を蹴り飛ばされた。
地面をまるでグラウンダーシュートのように素早く低く這って転がっていく、カロ。
すると、それが獣道を作った後で、カロは顔だけを起こし、
「禁書《依存》……。五感をいじる力で、誤認させたのか……」
と、すっかり姿の戻ってしまった天日を睨んだ。
揺れる視界の中、天日は笑っていた。
笑ったまま、
「さて……。なんだかお前、まだ全力を出してねえ――――いや、出せてねえ感じがあるなぁ。カロ」
と、語りかける。そして、
「《魔術的恍惚感》に至るには、もっと痛みが必要か? ――――それとも、やっぱりもっと別の……」
と、問いかけた。
しかし、一方でカロも、
「てめえも、そういう割にはやられてんじゃねえか……」
と、立ち上がる。すると、天日は、
「ああ! そういうことか! 圧倒的な力の差をみせりゃあ、少しは危機感を覚えるか?」
と、口にした。
そして、それから黒い魔力を自身の周りに激らせると、、
「それじゃあ、俺だけの魔力じゃなくてこいつらの魔力も使い始めようか。――――準備はいいか、カロ。ステージ2だ」
と、言ってみせた。
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