2-end 因縁の行きつく先で
カロと天日。
エレミヤと“禁特”。
そして――――魔術士とロンドンマフィア。
大規模な戦いの裏で、この部屋はただ静謐を保っていた。
イギリス――――正魔術教会ロンドン支部近郊の病院。
「『不変的にそこになく、しかし、不変的にそこにあり。いかなる時も、姿を現すものではなく。目には見えぬ、空の“宝珠“。それを、満ちた器に掲げよ。さすれば、道導は満たされ、扉が全てを招くだろう』、か」
窓の外を見上げそう呟くのは、従長文壱。――――“禁特“の最後の仲間だった。
「さっきの黒い魔力は、おそらく骨喰特等の……。で、いいんだよな」
文壱は、自分の手を見つめる。
それは、包帯の巻かれた真っ白な手だった。
「ダリル……! あいつさえいなきゃ……!! “デュラハン”さえいなきゃ、俺だってあの戦場に……!!」
その真っ白な手を悔しさから机に叩きつける、文壱。
しかし、その完治していない傷は文壱の想像の何倍もの痛みとなって返ってきた。
「……くそ、情けない……!!」
文壱は、痛みを噛み殺すようにそう漏らして、
「やっぱり、僕も……!!」
と、ベッドから立ち上がりよろよろと病室から出ようとした。――――しかし、その時、
「きゃっ――――」
と、ちょうど廊下を通りかかった看護師の若い女性にその姿を見つかてしまう。
そして、その背中に、
「ちょっと、従長さん! 部屋に戻りなさい!」
と、注意を受けた。
そんな看護師の声に、文壱は一度は振り返るもののさっきよりも早足でよろよろと廊下を進もうとする。――――が、看護師は最も簡単に文壱の前に回り込むと、
「部屋に戻りなさい!」
と、その若さに見合わず堂々と強く文壱を威圧するように睨んだ。
「退いてください……。僕は現場に行かなくちゃいけないんだ。僕の能力なら、遠距離からでも役に立てる。たとえ、この体だって……」
そう訴える、文壱。
しかし、その言葉を看護師は、
「はいはい。確か、文壱さんって刑事さんでしたよね」
と受け流すと、それから、
「この体でどうやって活動するっていうんですか? 人質になりにいく人間を見送るほど、うちは患者の受け入れに困っていませんよ」
と、文壱の足をトントンと横から足で軽く叩いてみせた。
「いっ――――」
文壱はその場で硬直すると、体にはビリビリと痛みが駆け抜けていく。
その様を見て、
「さ、さっさと部屋に戻りますよー」
と、看護師は文壱を部屋の方にくるっと回す。
そして、その背中を押して共に歩き始めた。
「僕にだって、せめてあの“デュラハン”の体があれば……!!」
「はいはい。デュラハンだかプロパンだかインテパンだか知らないけど、それになれたからなんだって言うんです」
「それになれたら――――」
そこで、文壱は言葉を止める。
『魔術の効かない強靭な体が手に入るんです』とは口が裂けても言えなかったし、もっと別の病院に入れられることになりそうだったからだった。
「ともかく、患者であるうちは大人しくしていてください」
文壱はベッドに寝かされると、腰あたりまで布団をかけられた。
それから看護師が立ち去るまで、文壱はずっと月を眺めていた。
そして、とある疑問を口にした。
「……どうして、ロンドンマフィアは彼らに“人魚の滴“を渡していたんだ?」
“人魚の滴”――――それは芭月曰く、『対クラーケン用に人の体を作り変えてしまう薬』であり、いわゆる“デュラハン”を生む薬だった。
「もし僕たち魔術士が来て、それと戦うためにその薬を使ったなら分かる。――――だけど、もっとずっと前からああだったはず。だって、彼らが僕らを認識したのはイニシュモア島での決戦の時で、でもその時にはもう彼らは“デュラハン”だった……」
“人魚の滴“の効果は、魔術に強い体をもたらすこと。そして――――。
「――――まさか」
その気づきから、1時間後。
再び看護師が、病室を見にくる。――――と、その窓は開けられていて、夜の風が部屋に残っているだけだった。
▼ ▼ ▼ ▼
「なんだ……? 終わったのか、戦争は……」
ニューグレンジの塚から出てくると、まるで竜宮城から帰ってきた浦島太郎のように目の前の光景を理解できなくてアザミがそう呟いた。
そして、数歩進めば、その闇には死体がいくつも転がっていることに気づく。遠くでは魔術士たちがまちまちに休んでいるのも見えた。
「これだけ、死んだんですね……」
戦場の真ん中。良月の呟きで、一行は立ち止まってしまう。――――が、そこでシズクが、
「次は、イニシュモア島……」
と言うと、シズク以外のメンバーは一斉にシズクの顔を見た。
「これ、まだ続いてる」
シズクが指差した“宝珠”は、確かに闇の中をイニシュモア島に向かって光を伸ばしていた。
「まだ、カロたちは戦ってる。終わってない。何も」
そのシズクの言葉に、アザミは「よし」と気持ちを取り戻すと、
「向かおう。イニシュモア島に。この“宝珠“が何を起こすのか。あたしたちが確かめるんだ」
と、“禁特”の面々を見回した。
それから車に乗り込み、かつてのイニシュモア島の高台にある遺跡にたどり着く。
と、その遺跡に入る前、シズクは遠くの草原を見つめていた。そこでは、カロと天日が戦っているはずだった。
「いくぞ、シズク。カロが戦ってるなら、あたしたちも戦わなきゃだろ?」
そのアザミの言葉にシズクは「うん」と頷くと、一行は改めて遺跡の中に入った。
遺跡の中は暗かったから、アザミは胸ポケットから小型のライトを取り出して先導していく。
すると、かつて断崖絶壁が覗ける一部建物の欠けたような大広間だったであろう場所にたどり着いた。
そこには岩をくり抜いたような丸い窓が並んでいて、向こうには初めてこの島に来た時に見た時と同じ海が広がっていた。
しかし、それ以外は何もなかった。
「“宝珠“は、どうなっていますの?」
飛鳥に尋ねられてアザミが“宝珠”を取り出すと、“宝珠”の光はさらに下を差し示していた。
「下……?」
辺りを見回しても、階段はない。
ここまでくる間にも、それはなかったはずだ。――――と、その時だった。
「驚きましたね。本当に来るとは」
「ロンドンマフィアの奴ら、任務は達成できたみたいだな」
「いえ、リトたちが頼んだのは――――玉砂シズクのみです。他はいりませんよ」
そんな会話が聞こえた刹那――――飛鳥がシズクを蹴り飛ばして、アザミと良月が襲撃してきた影の攻撃を受け止めた。
「お前ら、どうしてこんなところに!? ――――久慈リトリー! 半田レン!!」
アザミがその名を呼ぶと、リトリーとレンは距離をとって着地する。そして、
「決まっているでしょう。あの男――――骨喰加那太を殺すためですよ。出来うる限りの苦しみの中でね」
と、アザミが気圧されてしまうほど鋭い目つきで睨んだ。
そこで、アザミは気がつく。
「カロにとってできうる限りの苦しみ……。――――そうか。“デュラハン”たちの目的あの遺跡の中にあると思っていた。それは、その通りだったんだ。空の“宝珠”以外に専用を変える可能性のあるもの。――――それは、シズクの存在」
“禁特”は、一斉にシズクを見る。と、リトリーは、
「ご名答。しかし、分かったからと言ってどうなるわけでもありません」
と、戦闘態勢を取った。
「久慈……。半田……。岩手紫衣羽事件の主犯の者たち、ですわね……!」
「“宝珠“。どうにかして、解決しないと」
「ともかく外に出ますか……!?」
その態度を見ると、飛鳥に突き飛ばされたシズクも立ち上がって“禁特“の4人も戦闘体制を整える。
カロと天日の裏の戦い。
その第2回戦が、始まろうとしていた。
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