2-6 雨に笑う
ニューグレンジの浮かぶ塚の前、魔術士も戦闘員も関係なく血を流して横たわる草原。
足元の大きなクマのぬいぐるみに押し上げられて宙から北斗と七星に襲いかかる芭月と、その芭月の血で目を潰された2人が対峙する。
無論、北斗の《双星=月蝕》であれば、それを避けることもできただろうが、しかし北斗はクマの手に気を取られていた。
そして、そのせいで七星よりも反応が遅れ、加えて七星がいるという安心からかその場から逃げることなく無警戒に顔を上げてしまったのだ。
芭月が落ちるまでの数秒。
それが、2人の命のカウントダウンだった。
そこで、北斗はこう言った。
「七星。俺は、お前がいない前提で斬る。――――だから、俺に合わせて避けろ」
「分かったよ、北斗」
次の瞬間、立場は逆転――――自分たちを襲ってくる芭月は、ただ落ちてくるだけ。
そして、それに対して北斗は目を潰される前の位置関係からタイミングだけを測り、まるで旋風のように刀を振るった。
「……ッ、ここまでやって、届かないのですか……!!」
その光景に、芭月は歯軋りしていた。
自分の無力さを知っていた芭月は、自分の負けを瞬時に悟ったのだ。
だから――――芭月は、包丁を手放す。
そして、北斗の刃を受け入れた。
芭月は切り刻まれると、その場にどさっと倒れる。
もはや、指1本も動かなかった。呼吸だけが、僅かにそこにあった。
そうなって七星がようやく目に入った血を拭い、赤くモヤの入った視界でことの顛末を確かめようと辺りを探り始める。
すると、視界に入ってきたのは、北斗の足元に倒れている芭月と――――芭月の包丁で腹を刺されている北斗だった。
「北斗!? どうして……!?」
「七星。悪い。こいつの存在、忘れてた」
北斗が、そう言って下に向かって指を差す。――――と、そこにあったのは、包丁を握るクマの姿だった。
「こいつ、包丁を捨てたと思ったら、クマに持たせて俺にカウンター入れてきやがった。くそ、見えてたらこんなことにはならなかったのにな……。なあ、七星」
そう言って北斗は悔しそうに歪んだ顔で笑うと、七星が駆け寄るよりも先にその場に膝をつく。と、七星は遅れてそれを抱きしめ、そして涙を拭うと北斗の止血を始めた。
「大丈夫、北斗。僕が救うから」
「安心しろ、七星。俺は簡単ににゃあ死なねえよ」
すると、七星は北斗の腹部を簡単に布で押さえ、ちぎった袖でそれを固定する。と、刀を口に加え、北斗を背負って歩き出した。
遠くのほうで、何か大きな魔術のぶつかり合いがあってそれがモノクルに反射する。そのいろいろな魔力が混ざり合う鮮やかさとは対照的に、七星の表情はどこか不安げだった。
「大丈夫、民家まで行けば病院があるはず。ね、北斗」
七星は、自分を励ますようにそう口にする。
「ああ。敵が来たら、俺が守ってやるよ。七星」
若干苦しそうな声色で、北斗が答える。
そんな2人を、遠くから魔術士たちが見つけ、襲い掛かってくる。
と、七星は、
「ごめん。少し置くね」
と、北斗に謝り、それから自身の刀を手にして、
「《双星=日蝕》」
と、口にした。
それから戦いを終えて戻ってきた七星の顔には、もうずいぶん太陽模様の痣が侵食していた。しかし、その顔でも構わず、
「おーい、北斗。まだ生きてる?」
と、いたずらっぽく笑って、駆け寄ってくると、
「じゃ、行こっか。北斗」
と、北斗を背負って、七星は歩き出した。
それから少し進むと、目の前の草がポサッと音を立てた。
遠くの方では、パチパチッとまばらに何かが降ってきたような音がする。
「雨……?」
七星は北斗を背負って下ばかり見ていたので、その音で辺りの状況を判断する。そして、
「ごめん。でも、濡れちゃうけど、僕が抱っこするよりいいでしょ? 北斗」
と、問いかけた。
しかし、返事はない。
それを何か不思議に思って、七星は揺すりながら、
「北斗?」
と、またも声をかける。
しかし、同様に返事はなかった。
「北斗!」
嫌な予感がして、七星は北斗をその場に降ろす。
芭月によって刻まれた腹部の傷から、血が溢れ出してきてしまったのか。
しかし、腹部の包帯には異常はなかった。その代わり――――北斗には穴が増えていた。
具体的には、北斗の顔に小さな穴が空いていた。銃弾を背後から撃ち込まれたような穴が。
いや、顔だけじゃない。よく見れば、身体中に。
「北斗……!?」
七星は、その奇妙な傷に思わず手を伸ばす。と、その手を、小さなミサイルの形をした鋭利な石が貫いた。
「えっ――――」
次の瞬間、その洗濯バサミにも満たないしかし僅かに魔力を纏った小さな小さな石は、五月雨のように戦場の空から降ってくる。――――と、それは敵も味方もなく、骨も内臓も魔術士も魔術を持たぬものも関係なく、戦場にいる者を1人残らず貫いていった。
▼ ▼ ▼ ▼
一方、誰からも見向きもされず戦場に1人横たわる芭月の手には、スマートフォンが握られていた。
電話先は、赤木清流だった。
「そうか。――――ならば、もしもの時の役目は私が引き継ぐ」
「最後まで責務を果たせず。……っ、申し訳、ありません」
芭月は、か細い息をしながらなんとか言葉を紡ぐ。と、最後に清流の、
「今まで、ありがとう」
という言葉と共に、スマホが切られた。
それから、芭月は横目で月の浮かぶ夜空を見上げる。と、少しの凪の後――――空から降ってきた小さな痛みを足に受けて静かに笑った。
「石の雨。間に合った、のですね……」
次の瞬間――――その笑顔も、無数の小石に撃ち抜かれてぐずぐずになり、芭月の顔は醜くただれる。
「アザミ、何を利用してもいい。あの男を、殺すのです。そして、赤木家を……」
芭月の顔にかかる星の光の中では、小さな石を抱えた魔術士たちが飛び回っていた。
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