2-5 もう一方の戦い
「このおばさん、粘り強いね。北斗」
「逃げたあいつを、早く追いかけないと。七星」
一方で時間は戻って、ニューグレンジ前の戦場。
そこには、少し汗をかいている北斗と七星。
そして、その場に膝をつく葉月とそばに倒れる大きなクマのぬいぐるみの姿があった。
距離は空いているものの、芭月は追い詰められていた。――――その時、芭月の瞳に映ったのは、戦場を奔走するアザミたちの姿だった。
(あの子たち、ニューグレンジの中に……!!)
アザミたちの進行方向を理解すると、芭月はすぐにその目的を看破する。そして、
(なら、なおさら、1人残らず殺さなくちゃダメね。あの子たちが遺跡に入った後で、この戦場からは1人も行かせるわけにはいかない。――――伝令は追いかけさせない。命にかけて)
と、覚悟を決めた。
その顔を見て、北斗と七星が、
「なんだろ、急にやる気になって。ねえ、北斗」
「多少の覚悟じゃ、状況は変わらないぜ。なあ、七星」
と、会話する。と、それに芭月は、
「別に、あなたたちをここで殺すと改めて決めただけよ」
と、返した。
「生意気だよ、北斗」
「死に損ないだ、七星」
次の瞬間、北斗と七星は互いに位置を入れ替えながら、芭月に素早く迫る。
と、北斗が正面から芭月の胴体を横に真っ二つにするように刀を振るった。
芭月はそれを間一髪のところで後ろに飛び、回避する。――――しかし、当然のようにそれだけでは終わらず、北斗の後ろから七星がその背中を蹴って飛び込んでくると、
「――――《双星=日蝕》」
そう、口にした。
七星の刀についた魔石が、紫の光を放つ。と、それから振り下ろされる七星の刀を芭月が包丁で受け止めた。
次の瞬間――――その刀は、今までとは比べ物にならない重さを以て芭月の包丁を押し込み、芭月を袈裟斬りにしながら包丁も叩き割った。
鮮血が、闇夜に散る。
北斗と七星は、倒れゆく芭月を見送ると、それから、
「さて、追わないと……。ねえ、北斗」
「あっちの方だ。なあ、七星」
と、芭月が指示を託した男が逃げた方へと進もうとした。
しかし、それを芭月の大きなクマのぬいぐるみが横から殴りかかって止めた。
「――――ッ!」
重くのしかかるクマの拳を、七星が受け止める。と、北斗がその横からぬるりと出て、
「《双星=月蝕》」
と、魔石を紫に明滅させた。
刹那、北斗だけが早送りのようになってクマを切り刻む。と、クマは力を失って倒れた。
その姿を、
「邪魔しやがって……。なあ、七星」
と、先ほどまではなかった月模様の痣を顔に浮かべながら、北斗が見下す。と、
「さっさと行こう……。ねえ、北斗」
と、七星が北斗の肩に触れた。
その瞬間だった。――――北斗の足を、その場に倒れたクマが力強く掴んだ。
「こいつ、まだ……!」
目を丸くする、北斗。――――すると、さらにそこへ、
「カチ、カチ、カチ……」
と、声が響く。
そうして、北斗と七星の死角から現れたのは――――芭月だった。
「危ない! 北斗!!」
クマに足を掴まれて動けない北斗を、庇うように押し退けながら七星は、
「《双星=日蝕》」
と、芭月に向かって刀を振るった。
しかし、それを狙っていたかのように躱す。と、芭月が包丁で刺したのは、刀を振るった北斗ではなく――――七星だった。
「がっ……!!」
「あなたとなら、私の方が速いようですね」
「このッ……、死に損ない……ッ!!」
そう言って自身を睨む七星を、芭月は包丁を抜いてから足蹴にすると今度は北斗と対峙する。
そして、風が通り過ぎて一瞬の緊張が走った後で――――芭月と北斗の2人はその場で、まるで打ち合わせしたかのように互いの手を読み、受けながら、高速で斬り合いを始めた。
しかし、そのうち芭月が押され始めると――――倒れていたクマが北斗の足を引っ張る。
そして、足を滑らせたその顔を、芭月は蹴り飛ばした。
「腹を刺さずに切り捨てたのは、落ち度ですね」
芭月がそう語ると、クマは消え、そして再び万全の状態で芭月の隣に現れる。
「5分でいいなら。私はまだ、戦えますよ」
そう血を滴らせながら見つめる先では、北斗と七星が、
「……5分。七星、《双星》を使ってどれくらい経った?」
「1分くらいかな」
「なら、3分で終わらせよう。痣に殺される前に、終わらせてやる」
「うん。北斗」
そう会話を交わし、刀を構えるのだった。
芭月は「オニ、オニ、オニ……」と口にし、当然のようにその場から消える。――――と、消えたのはクマもそうだった。
「あいつ、クマごと消えられるんだね。北斗」
「どこからくるか分からねえ、警戒しろ。七星」
北斗と七星が、背合わせになって辺りを警戒する。
左右、後ろ、上下に至るまで、そのどこに来てもすぐに対処し、切りかかれるように。
「カチ、カチ、カチ……」
そして、芭月が選んだのは――――そんな2人のちょうど真横だった。
「《双星=月蝕》――――」
3人の中で、最も早く北斗が動き出す。と、芭月の首をその刃が捉える直前――――芭月は屈んでもいないのに、真上に飛び上がった。
しかし、北斗の刀にも手応えはあった。すると、北斗は遅れて、
「クマの腕……!?」
と、切ったその正体に気づく。
芭月は切られる直前、自身が腕を踏んづけていたクマに打ち上げられて、宙に浮かび上がったのだった。
必然、北斗と七星の2人は、月を背負った芭月を見上げる。――――と、その瞬間、2人は目に感じた何かが付着する感覚がした後で目を開けられなくなった。
「なっ――――」
「これは――――血!?」
しかし、2人はその答えを知っていた。
そう、それは自分たちが切ったことで生まれた芭月の血だ。
それを、芭月は顔が上がるその前にすでに放っていたのだ。避けることができないように。
無論、北斗の《双星=月蝕》であれば、それを避けることもできただろうが、しかし北斗はクマの手に気を取られていた。
そして、そのせいで七星よりも反応が遅れ、加えて七星がいるという安心からかその場から逃げることなく無警戒に顔を上げてしまったのだ。
芭月が落ちるまでの数秒。
それが、2人の命のカウントダウンだった。
それまでに答えお出さなくば、2人はたちまちに斬られてしまうだろう。
そこで、北斗はこう言った。
「七星。俺は、お前がいない前提で斬る。――――だから、俺に合わせて避けろ」
そして、それを聞いて瞬時に七星は、
「分かったよ、北斗」
と、迷わず答えた。
もう、冷や汗は止まっていた。
次の瞬間、立場は逆転――――自分たちを襲ってくる芭月は、ただ落ちてくるだけ。
そして、それに対して北斗は目を潰される前の位置関係からタイミングだけを測り、まるで旋風のように刀を振るった。
「……ッ、ここまでやって、届かないのですか……!!」
その光景に、芭月は歯軋りしていた。
自分の無力さを知っていた芭月は、自分の負けを瞬時に悟ったのだ。
だから――――芭月は、包丁を手放す。
そして、北斗の刃を受け入れた。
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