2-1 語るなら未来を
「あたくし、赤木アザミを見返したいだなんて本当はそこまで思ってない。――――って、死ぬってなって気がついたんですわよね」
イギリス――――ストーンヘンジ。
カロと天日が会敵する少し前、夕闇の混じる空の下で飛鳥が呟いた。
飛鳥の視界の中、少し遠くには物言わぬ遺跡の姿があった。
「え?」
飛鳥の言葉を、聞いて良月が振り返る。
飛鳥の側には、まだ良月しかいなかった。
「あたくし、父とは今はそこまで話しませんけど、昔はよく遊びに行っていましたわ。母は絵に描いたように優しくて。――――でも、それがコンプレックスでしたの」
「コンプレックス……」
「何ができるようになっても、親はすごいと褒めるだけ。何をできなくても、親は仕方ないと慰めるだけ。たまに会う周りの大人も、台本通りに社交辞令であたくしを褒め称える」
「まあ……。でも、名家の周りの人間ってのはそんなものじゃあないですか?」
「そうね。周りは誰も同じ。――――でも、その中心の者は違う。ぬるま湯の中をもがいて成長できる者もいれば、どんなに気を引き締めていてもそのぬるま湯に満足してしまう者もいる」
「ぬるま湯……」
「うんと子供の頃、家の同士の繋がりで赤木アザミに何度か会ったことがあるんですの。――――赤木アザミは、凛としていて幼いながらに赤木家の娘たる貫禄と作法があって。一方で、こちらはまるで元使用人だった頃の感情が抜けていないような柔らかくて腰の低い態度。――――それが、情けないくらい嫌でしたわ」
「だから、負けたくないって……」
「今なら分かりますわ。――――あたくしは、名家の娘という自負と自身があった。けれど、赤木アザミと会った時、その鼻を折られ、そしてその才能に憧れてしまった。――――だから、それを越えたいと思うことで自分に厳しくして、コンプレックスを無くそうとした。周りの人が律してくれないなら、自分で自分を律しようって。あの人を、越えられるようにって……」
「だから、そんなに強くなれたんですね」
「強く見せることが上手くなっていっただけ、ですわ。――――でも、今日死ぬかもしれないと思ったら、無理やり張った意地とか等身大以上に強がる必要とか、そういうの全部くだらないなって、そう思ったの」
「骨喰特等は、負けますかね」
「さあ。骨喰加那太が勝てれば、生き残れるし。負ければ、次は自分たちが赤木天日と対峙することになるだけですわ。――――それも、禁書を全て揃えた状態の、ね」
そう言った飛鳥の手は震えていて、良月にその震えを見られると、
「怖いわよ、すごく」
と、飛鳥は手をキュッと握った。
しかし、その姿を見た良月は、
「大丈夫です。飛鳥2等は死にません。――――自分が守りますから。みんな」
そう、宣言した。
「……慰めにもなってないわよ」
「それに、やっぱり強いと思いますよ。飛鳥2等は。魔力も使えるし、心だって……」
すると、良月はそう言いかけて、
「ところで、なぜそんな話を?」
と、飛鳥に尋ねた。
飛鳥は遠い目をして、それから顔の横で揺れる髪を耳にかける。と、
「遺書代わりですわ。――――どうせ死んじゃうなら、誰かに知っていて欲しいじゃないですの。自分が生きていたって。戦死者に並ぶ名前1つ1つに、人生や想いがあったって」
と、答える。
「……でも、それって自分が生き残らなくちゃ意味ないんじゃ。でも、自分は皆さんを守りますから、先に死ぬことになるわけで……」
「もう。自分の死を計算に入れるんじゃないですわ! それに、あたくしたちにはもう1人、仲間がいるじゃありませんの」
「え?」
すると、飛鳥は胸元からスマホを取り出す。――――と、そこから返事をしたのは、先日大怪我を負い入院している文壱だった。
「……僕ですよ。全く、ともかく黙って聞いてろって僕を胸ポケットの中に押し込めて」
それから、文壱はやっと息ができたというように言葉を捲し立てていく。
「というか、飛鳥さん! 自分の死を計算に入れるなってどの口が言ってるんですか!!」
「なっ! 死を覚悟しておくことと死ぬ前提で戦うことには、大きな違いがあってよ!」
「だいたい、死ぬのが怖いですって? ――――そんなの、飛鳥らしくさんらしくないでしょ! 全部あたくしが守ってあげるから、心配せず戦いなさいくらい言ってくださいよ! それに、骨喰特等が赤木天日に勝てなかったとしても、赤木天日が無傷で現れることはないかもしれないじゃないですか!! それにそれに、あの赤木芭月がニューグレンジの方になんの考えもなしにロンドン支部の魔術士たちを集めたとも思えません!! もしかしたら、そこを一掃するつもりなのかもしれませんし!!」
文壱の言葉はそこで尻すぼみになっていき、それから文壱は大きく息を吸うと改めて、
「だから、大丈夫です。2人とも、死にませんよ」
と、言った。
「それに、死にそうになったら逃げちゃえばいいじゃないですか。……やられたふりでもしてこの病院に、逃げてくればいいじゃないですか」
すると、今度は弱弱しい声になってそう続けた。
「……すみません。最後まで、一緒に戦えなくて」
謝る文壱を、飛鳥は、
「戦えなくなったのは、あなたのせいじゃ――――」
と、励まそうとする。しかし、それよりも先に、
「――――だから、話をしてそれで前向きになるなら、聞きますよ。単純に2人のこと、知っておきたいのもあるし」
と、文壱が遮ると、飛鳥も電話越しに文壱の顔を見つめて、
「って、ことですわ。――――だから、良月。あなたのことも、教えなさい。あたくしが死に際に、後悔しないためにね」
と、話題を良月へと移すことにした。
「自分は、別に……」
「あなた、“禁特“に配属された時に言いましたわよね。『自分を盾のように使え、自分は魔力を使えないからそれぐらいしか役に立てないかもしれない』って。それで、さっきもブルースの囮の時も、自分が守るって」
「はい」
「どうして、そんなことを言ったの?」
「え?」
「普通、多少は魔術士に苦手意識や尊敬の念を抱いていても、魔石具を手にして戦えるとなったからにはそう謙るような、自身を卑下するような人間はいないはずですわ。――――それでも、あなたは魔石具を手に取ってまで戦う前から自分を魔術士にとっての道具の一部として利用させようとした。そんな人間、普通じゃありませんわ」
「……」
良月は、これまであまり自分のことを話したがらなかった。
そして、今もそれを渋っている。
しかし、良月は今日初めて、
「自分は、壊れているんです」
そう、いつの間にかすっかり夜に変わってしまった空を見上げて、自分のことを呟いた。
「壊れて――――」
その真意を、飛鳥が問おうとする。――――しかし、その時だった。
「――――悪い、遅くなった。ニューグレンジには、お母様たちがすでに配置についたらしい」
遅れて、アザミとシズクがやってくる。
そして、
「なんか、大事な話の途中だったか?」
と、アザミが問い、
「いえ」
と、良月が返した次の瞬間――――辺りに黒い魔力の粒子が溢れ出した。
「――――始まったか!」
アザミの言う通り、その粒子はアザミたちを夜空から包み隠す。
すると、次にその黒い魔力の幕が開けた時、視界に飛び込んで来たのは――――ストーンヘンジの中を一筋に突き抜ける月光の光と、その中心に聳え立つ岩の柱の先で眩く輝くヒールストーンだった。
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