1-end イニシュモア島にて
2050年。
夜の海岸。
安久良の瞳の中――――遠く遠く、夜の影よりも少しだけ影の浮いた存在感のある塊が見える。あれが、イギリスとアイルランドなのだろう。
波打つ海と共に、風が通り過ぎていく。
すると、安久良は顎の下で揺れる指輪のついたネックレスが飛んでいってしまわないよう、薬指に同じ指輪のついた左手でぎゅっと大切に握った。帰ってくるその温かさが、この暗い海で唯一光を放つ灯台のように思えた。
「……さ、時間だぜ」
背後から、天日が声をかける。と、安久良は、
「ああ」
と、無愛想に返事をして、2人は飛び立った。
それからイギリスとアイルランドが一望できる、空の途中。
天日は立ち止まると、胸の中から禁書3つを取り出し、
「さて、時間旅行と行こうか」
と、眼下の島々に向かって手を伸ばす。
「禁書《無情》――――《砂漏》」
次の瞬間――――あたりの波がより一層強くなり、眼下の島々は移動を始めた。
そして、それが1つになった時、かつてのイニシュモア島からチカッと空に向かって光が放たれる。
それを追って天日たちが草原に降り立つと、そこに待っていたのは――――カロ、たった1人だった。
「カロ……」
安久良がその顔を見て、思わず呟く。と、再会の言葉よりも先に、天日が尋ねた。
「お仲間はどうしたんだ?」
「立ち去ってもらった。ここにいちゃ、巻き込まれるだけだ」
「そうかい、そうかい。そりゃ良かった。――――無駄な努力にならないといいな」
「無駄な努力?」
「ああ。当然、気づいてるんだろ? この島の時間を戻したことの意味を」
天日はニヤッと笑うと、
「この辺りの島の全体の時間を戻すってことは、この島に住む人間どもを巻き込んだってことだ……! 大量に殺したんだよ。この俺が。お前の仲間も、もしこの島にいるなら巻き込まれたかもなぁ……!!」
と、言った。
しかし、カロはいたって冷静だった。
「なんだ。……そんなこと、想定してないわけないだろ」
「してたとして、どう対処するってんだ?」
「――――包んだ」
「……?」
「禁書《妄信》の魔力で、島が巻き戻っている間――――島の人と建物全てを魔術の箱に閉じ込めた。禁書の魔力同士なら、互いを打ち消せる。だから、ガス管を通じて海を漂って、俺の魔力でこの島の建物も人も全て守った。戻ったのは地形だけだ」
「この島、全部……!?」
流石にその規模に動揺する、天日。
しかし、その驚きとは裏腹に、顔は無意識に笑顔になっていた。
「俺は、あんたみたいに自分のために誰かを犠牲にしたりしない。したくない」
カロが睨むと、天日は、
「……やっぱり、お前最高だぜ」
そう呟いて、黒い魔力を迸らせる。
そして、身構えたカロに対して、
「そう焦らなくていい。俺も、少し過去に戻るだけだ」
と、告げた後で、黒い魔力に包まれた。
すると、次に現れたのは――――カロより少し年上の姿に戻った天日だった。
「これで、俺も全盛期……」
天日は、手を何度か握ったりその場で跳ねたりして自身の体の動きを確かめる。と、その最後に、
「そうそう、この軽さ! いやあ、懐かしいねえ。確か25だったかな――――カロ、お前の母親を殺したのは」
と、明かした。
「――――ッ!?」
カロ――――だけでなく、それに驚いたのは安久良もだった。
「どういうことだ……! 天日!」
問いただす安久良に、天日はまるで課題を終わらせていなかった学生の言い訳みたいに、
「いや、殺せたんだけど、実際は殺せなかったんだ。寸前まで追い詰めたんだけど、清流に付き纏ってたあの女が邪魔してきやがったせいでよぉ……」
と、軽く言ってみせた。
「芭月が……!? お前が言っていたのは、ならその寸前まで追い詰めたのは……」
一瞬の静寂。――――天日はカロを見つめると、心の中で舌舐めずりする。
(……さて、これで怒ってくれりゃあ最高の戦いが)
しかし、そのカミングアウトに対して怒りを見せたのは、カロではなくその父――――安久良だった。
「――――《方向性矢印》」
ズンッ――――味わったことのない圧力が、天日を地面に押さえつける。
しかし、これは重力ではない。安久良の持つ禁書《臆病》の仕業だった。
「……ッ、禁書《臆病》……!! ベクトルを操る力が、ここまで強力だとは……!!」
「殺してやるよ、天日! 俺を騙し続けていやがって!!」
「いいのか……!? それ、体に合わないから使用制限してたんだろ?」
「今ここで、神夜の仇を討てるなら、これ以上のことは――――」
「――――それで死んで、神夜を生き返らせなくなってもか?」
「……!!」
天日のひと言に、禁書《臆病》の力が一瞬だけ緩む。――――と、天日は《壊灰廻快》で地面を砕き、安久良の立っているところに向かってヒビを伸ばし、体勢を崩させる。
そして、一瞬にしてその懐に潜り込むと、安久良の顔を蹴り上げた。
「さあ、これで邪魔者は退場だ!!」
どこまでも飛んでいく安久良を尻目に、天日はカロをワクワクとした表情で見つめる。と、
「死ぬまでやり合おうぜ! カロ!! ――――母親に父親にあの土人形に友、俺はお前が本気になるまで全てを奪うぞ!!」
そう、言い切った。
すると、カロが一瞬にして目の前から消える。
そして、次に飛んでいった安久良を抱き止めていた。
「そんなこと、しなくていい……」
カロは安久良を地面に下ろすと、天日とは違い、静かにしかし濃く渦巻く黒い魔力を従えて立ち上がる。
「もう十分、お前にキレてる」
そして、天日を睨んだ。
「いいね」
カロの体には、黒く染まった魔術の糸が服を編むように取り込まれていく。おそらく、《魔蜘蛛姫ノ綴織》なのだろう。
さらに、その最中、カロは、
「《魔蜘蛛の糸:堕天》――――」
と、黒く染まった魔術のムチを取り出す。と、天日も腕をグッと伸ばして、
「――――《壊灰廻快》」
と、そう言い残し、その場から姿を消した。
遅れて、カロと天日、それぞれの元いた地面が靴の跡を中心にしてヒビ割れる。と、その中央では――――ムチを振るうカロと殴りかかる天日が、互いを殺そうとぶつかり合っていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
励みになりますので、良いと思ってくださった方は【☆】や【ブックマーク】をポチッとしていただけると嬉しいです!




