1-4 招かれざる客
「あれどうすんの?」
「知らね。そこに置いとけってさ。それより、そろそろ集会始めるってよ」
そんな会話が聞こえた気がする。
「う、うん……?」
安久良が目を覚ますと、目に映ったのは自分を取り囲む鳥籠のような檻だった。
ガシャンと扉を揺さぶってみても、当然のように鍵がかけられていて開かない。
がらんとした部屋は暗く、サーカースの舞台裏のように全体が布に覆われていて、あたりには棒や箱や使い方の分からない舞台装置のようなものまでいくつも転がっていた。
何度か扉を蹴ってみても、扉は一向に開かない。
おそらく閂に加えて南京錠がしてあるのが原因だろう。
安久良は何度か蹴った拍子に、尻餅をついて鳥籠の中で転んでしまう。と、鳥籠全体が少しだけ揺れた。しかし、それだけだ。
安久良は鉄格子に背を預けて、ぐったりとした様子で鳥籠の外を見つめる。
視界に映ったのは、角張った箱だった。
そこで安久良はもう1度、鳥籠を見上げる。と、徐に立ち上がって、近くの鉄格子に体をぶつけた。
しかし、鳥籠に何も変化はなかった。だから、今度はより強い力で鉄格子に体をぶつけた。
すると、少しだけ鳥籠の底が浮かび上がる。――――その機を、安久良は逃さなかった。
安久良は揺れる床の中で、鉄格子に向かって飛び込むようにもう1度体を打ちつける。と、今度こそ鳥籠は横にゴロンと転がった。
「あうっ!」
そんな情けない声を溢しながらも、安久良はキッと角張った箱を見つめる。と、次にそれに向かってハムスターが滑車を回すが如く勢いで鳥籠を転がし、その角に鉄格子をぶつけた。
ガシャンッ――――激しい音と共に、箱にぶつかった反動で鳥籠が押し返される。と、安久良の目に映ったのは、やや凹んだ鉄格子の姿だった。
「……!」
それから安久良は決心すると、何度も何度も僅かな希望に向かってピッケルを振うように箱に鳥籠を打ち付ける。
結局――――根負けしたのは、鳥籠の方だった。
安久良はひしゃげた鉄格子の隙間から体を捩って外に出ると、暗い部屋の扉をゆっくりと開ける。
そこは廊下が左右に広がっていて、ぎしっと軋む木造の床はまるでホラー映画に出てくる屋敷のようだった。
足音に気をつけながら進んでいく、安久良。
すると、とある地点に差し掛かった時に異様に青臭くそれでいてまどろっこしい甘さの混じった生理的に嫌悪感を覚える煙が漂ってきた。
安久良は、煙の出所である暗幕の向こう側を覗く。そこは、聖堂だった。
そこでは、大人たちが時折絶叫したり床に倒れたりしながらお互いに触れ合っていた。――――いや、あれらが人間だったのかはよく分からない。
そう安久良が思ったのは、その中央で煙もその状況もなんでもないような顔をして美しく立つ1人の女に自身の方をパッと向かれたからだった。――――そのせいで、安久良はその様子をよく確認する前に、暗幕の裏に身を隠さざるをえなかった。
それに兎にも角にも煙のせいで吐きそうだったから、安久良は本格的にえずいてしまう前に、
「出口はさっきの部屋っぽかったけど、窓から飛び降りればなんとかなるはず……! それに、とりあえずこの煙から……。うっぷ……!」
そう思って、廊下の奥にあった階段を駆け上がった。
それから2階に上がると、突き当たりにあった窓を開けて、胃の中のかつて弁当だった内容物を吐きだす。
そして、一息ついたところで、安久良は自分の度胸に比べて2階の窓が高すぎることに気がついた。
「ぬ、布かロープがないと……」
振り返ると、廊下というより2階全体は1階よりも狭いようだった。心なしか、屋根も低かった。
安久良は当てもなくとりあえず廊下を歩き始める。
と、通りかかった部屋の向こうから聞こえてきたのは、老婆のような笑い声だった。
「……ここは、絶対にやばい」
声のする部屋の扉を見つめて、安久良は絶対にその扉を開かないことを決める。
安久良は、自分の好奇心に振り回されるのはもう散々だった。
それから、声のする部屋の隣の隣の部屋を開く。――――と、そこは物が散乱した寝室のような内装をしていた。
そして、そこにはカーテンもありベッドもあった。
「これなら……」
安久良は地面に転がる酒やジャムの瓶や雑誌を踏んでしまわないように慎重に歩を進めながら、それらの元へ辿り着くと1本のロープになるように固く結んで自分の体に何重かに巻きつける。
そして、それでも余った長さの分は手で抱えるとその部屋を後にした。
1歩、1歩。
決して油断せず駆け足にもならず、安久良は窓に向かって歩いていく。
そして、老婆の声がする部屋の前に差し掛かった時だった。
ガタガタと自分の開けた窓が廊下の先で揺れ始める。――――と、次の瞬間、それは強風に押されてバタンッと勢いよく音を上げて閉じられた。
閉じられただけなら、また開ければいい。しかし、
「誰だい!」
その音を、聞いた者がいた。それは、扉の向こうの老婆だった。
「――――ッ!」
安久良は、一目散に走り出す。と、同時に老婆が扉を蹴破って廊下に現れた。
老婆は、三段腹に似合わない筋肉質の足と瞬発力を持っていた。強いて言えば、力士のようなものだった。
顔にはサングラスをしていて、髪はふんわりとした灰色のボブ。
服装は、結婚式の参列者のような紫のドレスを着ていた。
「あいつらが言ってたガキかい!」
すると、老婆は手を指揮者のように振り始める。
宙を引っ掻くネイルが何を意味するのかは安久良には分からなかったが、それよりもドッドッド”ドッと階段を駆け上がってくる足音の方が関心を奪った。
すぐに階段の暗がりから、足音の主――――先ほど暗幕越しに自分を睨んだ女が、何段も飛ばして無表情で駆け上がってくる。と、女は有無を言わさず、安久良を捕まえにかかった。
「うわあっ!!」
安久良は、自分の体に巻きつけていたロープの一部を踏んですっ転ぶ。――――しかし、それこそが安久良の幸運だった。
転んだことで女の目測がズレて、尻餅をついた安久良の上をその手が空振る。と、安久良は女の股の下を潜り抜けて、ロープをずるずると引きずりながら階段のほうへ逃げ込んだ。
「待ちな!」
老婆は逃さないという意志を示すが如く、強くそう叫ぶ。
そして、女が安久良を追いかけようとした時だった。
「ごめんなさい!」
安久良は、階段の途中でぎゅっと目を瞑り、ロープを引っ張った。
すると、安久良を襲った際に女の片足に巻きついていたロープがぐっと動き、女は体勢を崩すと階段の踊り場まで転げ落ちていった。
安久良はそれを見て自分のしたことに一瞬怯むも、老婆の、
「何しやがんだい! クソガキ!!」
との声にハッと我に帰ると、1階の暗幕を突っ切って、先ほどまで自分を襲った女がいた場所――――正面口が見える教会の聖堂にやってくるのだった。
安久良は祭壇の裏から顔を出すと、そこかしこのベンチが人と煙に満たされた聖堂とはもう呼べないような光景を見て、自分のことなど気にも留めないだろうと、部屋の端を出口に向かって駆け抜けていく。
しかし、その途中で、安久良は思惑とは裏腹に首根っこを辺りにいた男に掴まれてしまった。
安久良を捕まえた男は、
「珍しいもんがあるじゃねえか。たまには女じゃなくて、こっちもいいなぁ……」
と、生気のない目でニヤッと笑う。その男に向かって、安久良は、
「あ、あの! 離して! 僕、ここの人じゃない! 帰りたくて!!」
と、初めは弁明をした。
だが、不潔にボサボサに伸びた髪の下、青髭の生えた口の中からかけた歯が覗くと、安久良は本能的に自分がありえないくらいの危機に置かれていることを理解し、次の瞬間――――その手に噛みついた。
「んー? そういうのが趣味なのかぁ?」
しかし、男は薬物でいかれているのか、その痛みにじゃれ合い以外の全くの意味を見出さず、代わりに安久良をぶんと地面に叩きつけて、
「だけどなぁ、俺ぁ上の方が好きなんだよ」
と、安久良に覆い被さった。
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