1-2 旧”鎖断会”
「世界は、支配されている! 金! 生まれ! 地位! それらがない者は、のし上がれない! 世界を渦巻く思惑と利害の目に見えぬ輪廻、それに乗れぬ者は、ただ人並みの人生に下るかそれ以下の犬になるだけだ!!」
夕方、山奥の教会。――――教団“鎖断会”。
ベンチとそれに座る信者たちの並ぶ、聖堂。その前では、髪も手櫛程度でしか整えてなくマントの下にただところどころに生肌の見えるボディーラインの出る服を着た女が、そう手を広げて訴えていた。
その言葉に耳を傾ける者たちは男ばかりで、浮浪者のような見た目から大学生のような者まで勢揃いだった。
信者たちは女の言葉を聞くと、太ももを叩いて「おお!」と勇ましく声を漏らす。と、女は続けて、
「故に、我らは金を捨て、革命を起こす。――――見よ、この力を!」
と、悪の幹部のようなメイクの一端を担うその紫の唇をニヤリとさせ、くるっと周り怪しげな煙を漂わせた。
それから、その煙の向こうから鳥が飛んでくる。――――そ、そこで女がパチンと指を鳴らした。
次の瞬間、女の指先からはレーザーのような光が飛び出して――――鳥を撃ち抜き、殺してしまった。
そして、女が指をそのままくるっと回すと、鳥の体は裂けて血が花のように開く。と、今度は女は、その残酷ながらも美しく散る深紅の花びらを見上げた信者たちの頭上を宙に浮き、歩きながら、
「さあ、それではお布施の時間です。あなたたちが世界に対抗するために、運命の流れを変えることのできる大いなる力の1つ、金を納めなさい。そうすれば、あなたたちの代わりに私たちがそれを有益に使って差し上げます」
と、自身の下着も気にせず、艶やかな視線で自身を囲む信者を見下した。
次の瞬間――――信者たちは、青銅を満たすその怪しげな香りを鼻から吸い込む。
「そうすれば、これよりももっと幸せなことが訪れましてよ」
その言葉を聞くと、信者たちは「おお!!」と今度は力強くしかし意思もなく狂ったような顔で声を上げた。
すると、部屋の奥の扉が開く。
と、そこからは歯が欠けていり太っていたり痩せすぎていたり老いすぎていたり、そんな様々な姿の女が下着姿で現れた。――――そして、唐突にまぐわいを始めた。
その姿は、まるで獣。どちらも目が飛んでいて、しかし、どこか幸せそうだった。
と、そんな光景を天窓から眺める、影が4つ。
いや、正確にはそのうち2人は目を塞がれていて、それを眺めてはいなかった。神夜の目を清流が、それを見て遅れて天日の目をヒュウガが押さえた。目の前の光景は、子供には強烈すぎた。
すると、目を塞ぐヒュウガの手を天日が、
「んがっ!!」
と、外す。と、今度はヒュウガが「しーっ……!」と、その口を押さえた。
それに対し、天日は窓の前から体をごろっとよじって教会の屋根に背を預ける。と、ヒュウガの手を噛み、
「これで何も見えねえし、文句ねえだろ!」
と、不機嫌そうに腕を組んだ。
それに倣って、清流も神夜と共にゴロンと体を横にねじる。神夜は、そんなことをされても目を塞がれたまま清流に背を預けていた。
「それにしても、魔力の気配がなかったけど……」
ヒュウガが噛まれた手の痛みを逃すようにブンブンと振りながら、そう言う。すると、清流は、
「いや、微弱だが体の周りに魔力の膜があった。本当に、ごく微細だがな」
と、指摘した。
「なら、あの空中歩きは|《魔術:浮遊》《ふゆう》だとして、指のビームは……」
「さあな。それに魔力を宿していても、使えていない。……そんな感じがした」
清流とヒュウガは、得た僅かな情報で敵を出来うる限り正確に分析し始める。しかし、そんな会話を、退屈そうに聞いていた天日は、
「魔力が使えないんじゃ、黒魔術師ってよりただの手品師じゃねえか。どのみち、そんな奴ら俺たちの相手じゃねえよ。な、神夜」
と、ぶった斬った。
そして、その問いかけに、
「うん。黒魔術師は、全部やっつけなくちゃね」
と、清流の目隠しを外しながら、神夜は答える。と、天日は続けて、
「んで、どうするよ。ここから、いきなり入っちまうか?」
と、天窓を足蹴にしながら提案した。
しかし、清流は、
「いや、このままだと一般人を巻き込んでしまう。どこかへ誘き出すか、全部退かすか……」
と、渋る。
「めんどくせえなぁ、兄貴は」
「これは、特魔の決まりだ。一般人はなるべく救う。救わなきゃならない」
「……ずいぶん、当主が板についてきたじゃねえか。兄貴」
清流と天日は互いに納得していないのか、視線をぶつけ合う。と、ヒュウガはそれにオドオドしているだけだったが、一方で神夜は、
「清流の言う通りだよ」
と、その衝突を恐れずに言った。
「魔力を持たない一般人は守ってあげなきゃ。――――目が悪い人にはね、眼鏡が必要なの。家を建てられない人には大工さんが、獲物をかれない人には猟師さんや農家さんや、それを売ってくれるお店が。それでね、魔力が見えない人たちには魔術士が。――――だって、そうじゃないと可哀想でしょ? 魔力が見えないから、私たちのことだって騙せないあんな子供騙しに引っかかって。――――だから、力のある私たちが守ってあげるんだよ。それだけね、人っていうのは愚かで弱い存在なんだよ」
「力がある、俺たちが……。愚かで弱い存在を守る……」
その神夜の言葉が効いたのか、天日は清流の顔を見て、それから神夜の顔を見ると、
「かーっ、みんな真面目だねぇ……」
と、つまらなさそうに溢した。
しかし、もう先ほどまでのように威圧的に出たりはしなかった。
「で、どうすんだよ? 兄貴なら、どうせなんか思いつくだろ?」
天日は、今度は清流にそう指示を仰ぐ。――――しかし、その時だった。
「声が、聞こえる……」
神夜がそう言った。
――――けて、誰か……!
その微かな子供の声が耳に響くと、神夜は、
「そっち!」
と、《魔術:浮遊》をまるで熟練の魔術士のように使って声の元へ向かっていった。
そして、それを真っ先に追いかけたのは、清流だった。
「神夜! ――――すまない、ヒュウガ! 天日を頼む!」
そう言い残して暗くなってきた山の闇に消えていく、清流。
「ちょっ、清流さん!」
と、ヒュウガが屋根の下を覗き込むと、その肩にポンと天日が手を添える。
「ま、安心しろよ。俺が守ってやるからさ、ヒュウガ」
天日の純粋なその笑顔が、ヒュウガの心にさらに影を落とす。しかし、ヒュウガも現状では自身の力がこの中で1番劣っているのは分かっていた。
「……ああ。分かってる。この中じゃ、俺が1番弱いからな」
ヒュウガは天日の手を借りずに、自分自身の力で立ち上がる。そして、
「だけど、無茶するようなら止めさせてもらうし、生き残るためなら盾にでもなってやるさ。俺は怖がりだから、誰も死ぬところなんか見たくないんだ」
そう、言った。
その真っ直ぐな目を見ると、天日はニヒッと笑った。
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