1-1 骨喰家と赤木家の子供たち
「没落する名家あれど、骨喰赤木に没落なし」
魔術士界隈には、そんな言葉があった。
そして、その言葉通り、骨喰・赤木両家は成り上がりも没落もなく常に頂点に君臨し続けていた。
2008年。
2050年より42年前、特魔には4人の子供がいた。
1人は、赤木家長男であり、4人の中で最も厳格。――――赤木清流。
清流はその年齢と血統に相応しく、4大基礎魔術をひと通り身につけており、自身の生得魔術では寄せた手のヒラの小さな窪みを満たすほどでしかないが水を産むこともできた。
1人は、赤木家次男であり、4人の中で最も自由。――――赤木天日。
天日はその態度に見合わぬ魔力と素質を持ちながら、4大基礎魔術は《魔術:強化》と《魔術:浮遊》しか好まず、生得魔術も身につけていなかった。
1人は、骨喰家長男であり、4人の中で最も臆病。――――骨喰ヒュウガ。
ヒュウガはその生まれと期待にそぐわず、4大基礎魔術以外にも初級魔術は一通り扱えるものの全て水準以下で魔力もてんで物足りなく、さらに生得魔術も持ち合わせていなかった。
1人は、骨喰家長女であり、4人の中で最も怪物。――――骨喰神夜。
神夜はその才能と純粋さに見合わぬ立場に生まれながら、4人の中で最年少にして歴代最強と称される生得魔術の片鱗を見せ始めていた。
清流が13歳、天日が8歳、ヒュウガが9歳、神夜が7歳。
周りの大人たち曰く、清流は頑固で天日はずる賢く、ヒュウガは臆病で、神夜は危うい。
しかし、そんな年齢も性格もバラバラ那4人は、誰に跡を継がせるかという大人たちの思惑とは裏腹に仲良くなっていった。
▼ ▼ ▼ ▼
「……神夜。お前は、ああはなるなよ」
木の上。
呆れたような態度で膝に肘をつきながら、他の子供よりも少しだけ大人びた顔つきの清流がそう言った。神夜は、そんな清流の膝の上に座りながらまん丸な目でその顔を見上げた。
清流の遠く見つめる先、山の少し開けた滝壺で戦っていたのは――――天日とヒュウガだった。
「ま、まだまだ……」
「おいおい、ヒュウガ。いい加減強くなんねえと、《魔術:強化》《魔術:浮遊》以外も俺に抜かされちまうぜ?」
「分かってる……! ――――だから、お前と戦うんだ! 天日!!」
唸るような声を上げながら、ヒュウガは天日に襲いかかる。
しかし、次の瞬間、ヒュウガは天日によって最も容易く滝壺に叩き込まれた。
神夜はそれを見ると、
「どっちに?」
と、清流に尋ねた。
「え?」
「どっちになったらダメなの?」
「……生まれは天日に似てるんだ、才能はヒュウガに似ろ。そのほうが、全て丸く収まる」
「分かった」
そう言って、清流の膝の上から降りると同時に木からも降りる、神夜。すると、
「天日! 次、あたし!」
と言って、天日と4大基礎魔術だけを使って戦い始めた。
すでにその戦いは――――特魔に務める魔術士と大差なかった。
天日は《魔術:強化》で拳にグッと力を込めると、同時に地面を強く蹴ってそれからその勢いを殺さぬよう《魔術:浮遊》で数センチだけ体を浮かせながら神夜に襲いかかった。
神夜は、それを正面から迎え撃つ。と、神夜の《魔術:障壁》は、天日の拳を1度受け止めた。
しかし、2、3回ほど殴られるとその《魔術:障壁》は砕かれ、2人は強化し合った拳をぶつけ合う。――――訳では、なかった。
「あら?」
天日の殴った先――――視界の中には砕けた地面しかなく、神夜はいなかった。
天日は、反射的に左右を見てそれから上を向く。が、そこにも青空と風に揺れる梢しかなくて、その影はどこにもなかった。
「もうそこにはいないよ」
股の間から声がして、天日が足元を覗く。と、そこにいたのは、神夜だった。
天日が再び拳を振り下ろすと、神夜は軽々と天日の背後へと抜け出す。次にそこに向かって天日が拳を振るうと、神夜はそれを潜り抜けて天日の横に回る。
こうして、さっきの天日の視線も躱し続けていたのだろう。
しかし、天日だって後の赤木家最強。
神夜の先を鋭い目つきで予測すると、フェイクを入れその首を掴む。そして、ぐるっと一回転。――――それを、近くの木に向かって投げつけた。
投げられた神夜の影は、木にぶつかるだけでは留まらず、木々を次々と薙ぎ倒してどこまでも飛んでいく。と、それを見て、天日は覗かせた戦いを楽しむような狂気的な笑顔からハッと戻って、
「しまった! 神夜、大丈夫か!?」
と、神夜の――――いや、自身の手で生み出した獣道の先を見つめた。
辺りを、土煙が満たす。
すると、しんとした森の向こうで、倒れた木々の隙間からひょこっと小さな手が覗いた。そして、その手はそれから無事を告げるように無邪気にふりふりと横に揺れた。
天日は安心したような顔になる。と、神夜を起こすため、その手に向かって走り出す。――――が、一方で清流の表情は不機嫌そうなままだった。
「互いに苦労するな、ヒュウガ」
清流は木の上からその背中を見送ると、滝壺の方に視線を移す。
滝壺の淵では、そこから上がったヒュウガが群れた髪の隙間から、天日の背中をじっと睨むように見つめて拳を握っていた。
▼ ▼ ▼ ▼
一息ついて、清流たち4人は飯を食らいながら滝壺の近くで休んでいた。
「“鎖断会“……?」
首を傾げた神夜の前で、ヒュウガが重箱を開けた。
中には大盛りのおにぎりと唐揚げや卵焼きなどのおかずが入っていて、それを一目散に手に取ろうと天日が、
「そうそう。なんでも山ん中にあるカルト集団らしいぜ!」
と、手を掲げた。
その前に、スッと清流がおしぼりを差し出す。そして、天日に、
「……そんな情報、どこで手に入れた?」
と、問うた。
「親父に会いに家に来た奴らが、そんなこと言ってたぜ」
天日は素直に手を拭うと、それから改めておにぎりを頬張る。そんな無邪気な天日に、清流は、
「また盗み聞きしたのか!」
と、驚きつつ怒鳴った。
「盗み聞きされるような不用心な奴が悪りぃんだよ」
すると、天日はちらっとヒュウガを見て、それから俯いているヒュウガの開いていない口に米の塊を突っ込んだ。
「――――んぐっ!?」
「ヒュウガも、そんな陰鬱な顔してねえでよぉ。これは、お前のチャンスでもあるんだぜ?」
「チャ、チャンス……?」
ヒュウガは突然突っ込まれた米に困惑しながら、そう聞き返す。
「そうそう。兄貴は心配ねえけど、ヒュウガは大人の前じゃオドオドしてるし、魔術も物足りねえ。だけど、ここで実績作っときゃあ、周りも少しは納得するだろ。骨喰家の次期当主ってやつに、よ」
「……!」
天日は悪気なくニヤッと笑う。その瞳は、禁書の悪魔と瓜二つだった。
しかし、そんな天日の後頭部を清流がおにぎりを持った手でチョップする。と、
「単に面白そうってだけだろ」
と、ツッコミを入れた。
「悪いな、ヒュウガ。俺たち魔術士でもない奴が、任務など。バカな話だ。忘れてくれ」
天日にチョップを入れた手越しにそう謝る、清流。すると、天日はその手をググッと押し返して、それから勢いよく両手を、
「んがーっ!!」
と上げて、言った。
「どんだけ力があろうとなかろうと、特魔は全部生まれで決まるんだ。クソつまんないけど、そういうもんだろ? だったら、力があるけど報われないやつだって少しくらい楽しんだっていいじゃねえか。どうやら俺たち大人ぐらい力あるらしいし」
天日は、自分と神夜を指差す。そして、
「神夜もそう思うだろ?」
と、尋ねた。
「うん。それが、特魔のためになるなら」
神夜は天日の質問に、感情なく定形文のようにそう答える。と、それを聞いた天日は差していた指を「そうそうそう」と頷かせるように振って、
「特魔のためよ。事件1個解決して、特魔のためにならねえわけがねえ」
と、言った。
「それに、兄貴も退屈だろ?」
「……」
「立場のある奴らが実績を積んで、力のある奴らが問題を解決する。それでwin-winじゃねえの」
「……はぁ」
清流は、ため息をひとつ吐く。そして、ヒュウガのことを一瞥した時だった。
「行こう」
ヒュウガが手をぎゅっと握って、そう言った。その手は震えてもいた。
それを見ると、清流はさっきの滝壺でのヒュウガの顔を思い出した。
「実績か……」
清流がそう呟くと、天日は、
「で、どうする?」
と、尋ねる。すると、清流は少しだけ悩んでから、
「……俺は遊びに行くんじゃない。お前らのお目付役で行くだけだ」
と、口にした。
「よっしゃ決まりだな!」
1人はそう言って笑い、1人は俯きながら覚悟を決めたような顔で、また1人は想像した苦労にため息をまた吐く。
そして、そんな3人の様子を、神夜は張り付いたような笑顔でニコニコと見守っていた。
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