第三十二話 巨人王スルト
「あった! あれを破壊すれば————!」
ヒルダを背に抱え、スルトのコアユニットを目指すシグルド。跳躍による移動を続け、ついに足元に捉えられるほどの距離にまで迫ったその時———
コアユニットから放たれた迎撃が、二人を狙い撃つ。
「クソっ! やっぱ直接乗り込む、なんて簡単にはいかないか……!」
迫る砲火を掻い潜りながら、シグルドは苦々しく悪態をつく。
「そうね、でも……なんとか近づかないと!」
スルトの正面、およそ八十メートル。
フレイムコートを使えば一息に詰められる距離。しかし、敵の銃口が火を噴くこの状況では、容易には突破できない。
次の手を思案していると、スルトの首元や地面から、セレンが戦っていたものと同じ防衛機構———触手型の武装が、ニョキニョキと八本も生え出した。
「ニョキニョキニョロニョロ生えやがって!」
シグルドが毒づいた瞬間、ヒルダの鋭い声が飛ぶ。
「シグルド、上!」
顔を上げる。
コアユニットから新たに射出されたものが、空中で展開していた。
四体の獣型機械。そして、四体の飛行型機械。
「ったく、こんなにお守りが多いなんて聞いてないんだけどな」
「どうする?」
「地面にいるのは俺がやる。お前は空だ。弾数は?」
「一つのマガジンに五発。さっき一発撃ったから、残り四発! 予備マガジンが二つ!」
「十四発か……。よし、マガジン一個は残しておけ。絶対だぞ」
「わかった! でも、無茶はしないでね!」
「なるべくな、いくぞ!」
二人は短く頷き合う。
ヒルダの援護なくしてスルトは討てない。だが、これだけの敵を一人で捌き切る自信もない。
ギリギリの均衡を意識しながら、シグルドはトリガーを引くと同時に地を蹴った。
「ぶっつけ本番だけどよ……試してやるか、こいつらにこの炎が通じるか!」
抜き放たれたグラムが紫銀の炎を纏う。
赤炎とは違う、白と紫が混じった不可思議な輝き。それは機械のプログラムに直接干渉する、教皇から与えられた……シグルドの切り札だった。
紫銀の刃を閃かせ、シグルドは突撃する。
一方、背後———
「援護……大丈夫、大丈夫、私なら……当てられる!」
ヒルダは震える手を必死に押さえつけながら、遮蔽物にマギアを固定して狙いを定める。
空を飛ぶ敵機は、猛スピードで飛び回るわけではない。
———できる。私なら。
自分に言い聞かせるように、深く息を吸い込み———
バァンッ!!
重低音の一撃。
放たれた大口径の弾丸が、空中の機械兵を正確に捉えた。
撃ち抜かれた機械は空中でパーツ単位に“回帰”し、バラバラと散っていく。
「よく当てた! っらぁ!」
ヒルダの発砲音に、敵たちが一斉に注意を向けた。その瞬間を逃さず、シグルドは紫銀の炎を纏った剣を横薙ぎに振り払う。
撒き散らされた紫銀の火花が、機械たちに降りかかる。
それは焼き尽くすための火ではない。
炎に含まれた“毒”が、機械の思考制御にノイズを走らせるためのものだ。
動きが鈍った獣型機械に向け、シグルドは一気に距離を詰める。
「一つ————!!」
鋭く叫びながら斬り裂く。
紫炎に包まれた刃が獣型機械の胴体を断ち割り、小さな爆発音と共にジャンクと化す。
振り返る間もなく、次の獲物へと走り出す。
しかし———
「っ! あぶなっ————!」
頭上から迫る影。
触手の一本が、まるで大地を叩き潰すような勢いでシグルドへ振り下ろされる。
シグルドは即座にフレイムコートを噴射、後方へ跳躍して直撃を回避する。
だが———その退路を塞ぐように、銃口を向けた別の触手が立ちはだかった。
「2発目……!」
乾いた銃声。
ヒルダの弾丸が放たれ、触手の銃口を撃ち抜く。
「! へっ、まさか……あいつに、背中を任せられる日が来るとはな!」
驚きと、誇らしさがない交ぜになった笑みを浮かべ、シグルドは剣を構え直す。
無駄弾ひとつない援護———ヒルダの成長を確かに感じた。
「全部、ぶった斬る! この戦いを、ここで終わらせる!!」
雄叫びと共に、シグルドは再び踏み込む。
触手の一本へ剣を突き立て、紫銀の炎を流し込むと同時に、周囲から放たれる銃撃を次々と躱していく。
ジグザグに、予測不能に動きながら、フレイムコートの推進機動で空中を跳ね回る。
———長時間のフレイムコート使用で隙を晒してしまった、あの日の後悔は繰り返さない。
最終決戦仕様に作り直された新型サポーター。
各部位に装填されたエーテルカートリッジが、瞬間的な出力を爆発的に高める。
力の温存はしない。今は、すべてを出し尽くして勝利を掴む時だ。
シグルドは燃え上がるように、次々とスルトの防衛機構を切り伏せていく————!
ーーーーーーーーーーー
「っ、はぁ……はぁっ!」
ナユタと対峙し、なおも立ち続けるセレン。
しかし、全身は血に塗れ、呼吸も荒い。
「そろそろ終わりにしよう。お前との戦いも、この世界も」
ナユタはセレンを見下ろすように言い放ち、
両手に生成した光の刃を交差させながら向けてくる。
「それは、できない相談だね……私たちは、生きる。この世界で、人間として!」
セレンは短剣を握り直し、震える膝を叱咤してナユタへと刃を向けた。
その目に宿るものは、消えぬ希望の灯火。
「人類はもう絶滅した。オレが最後の人間だ」
「なら———偉大なる先人に証明してあげるよ。この新しい時代に生きる、人間の強さを!」
ボロボロの身体で、なお不敵な笑みを浮かべるセレン。
その姿に、ナユタは露骨に眉を顰めた。
「お前は……本当に不快な女だな」
「お褒めに預かり光栄、だっ!」
二人の間に、再び激しい火花が散る。
突撃してくるセレンを迎え撃ち、刃と刃が衝突し、眩い火花を散らす。
刃が掠めれば、ナユタには微塵の傷もつかない。
対して、ナユタの一閃は、かすっただけでセレンの肌を焼いた。
「ふっ———」
「ぐぁ……っ、かっ……は、ぁ……!」
セレンの短剣を弾き飛ばし、ナユタは一瞬の隙を逃さず蹴りを叩き込む。
粉砕音とともに、セレンの肋骨が砕ける。
軽々と吹き飛ばされたセレンは、十数メートルを転がり、地面に叩きつけられた。
「……ほぉ。中々、健闘しているじゃないか。あのガキ共は」
立ち上がれず苦悶するセレンを無視し、ナユタは悠然と歩き出す。
その視線の先———スルトの背端、直下には、なお戦い続けるシグルドとヒルダの姿があった。
ーーーーーーーーーーー
「————見えた! うおおおおぉぉォォ!!」
いくつかの機械を打ち破ったシグルドとヒルダ。
まだ数体残ってはいるが、コアユニットに至るルートが、遂に開けた。
シグルドは逃すまいと、爆発するような勢いで踏み出す。
剣を振り上げ、渾身の力で振りかぶる。
「ぐっ! この、防壁さえ、突破できれば———ああぁァァッ!!」
コアユニットを覆う電磁防御壁。
紫銀の魔剣をもってしても、バチバチと強烈な抵抗音を上げながらシグルドの一撃を弾く。
トリガーを強く握り、渾身の力で炎の出力を上げる。
「あの、炎は————!」
ヒルダが、必死に目を凝らしながら叫ぶ。
「っ、おらァッ! 喰らえ————!!」
一際大きな音が弾ける。
紫銀の炎が電磁防御壁を破壊し、爆ぜた防壁の破片が宙を舞う。
衝撃で体勢を崩すシグルドだったが、
咄嗟にフレイムコートを噴射し、再び体勢を立て直す。
蒼い炎を身に纏いながら、
コアユニット本体へ、今度こそ———渾身の一撃を叩き込む!
「厄介な炎だな……あいつの用意したものか? だが————あれじゃスルトを貫けない」
電磁防御壁を破った紫銀の炎を見ながら、ナユタは不快そうに眉を顰める。
しかしその言葉通り、シグルドの剣はなおスルトの特殊装甲に阻まれ、内部へと届かなかった。
ナユタの視線が鋭く逸れる。
物陰に隠れ、マギアを構えて機を窺うヒルダの姿を……その瞳は捉えていた。
「あの女さえ殺せば、お前たちは詰みだ」
ニィ、と口角を歪めると、ナユタは無言で手を向け、指をぎゅっと握りしめる。
「シグルドの炎で見えな———きゃあっ!!」
コアユニットを狙っていたヒルダの足元が、不意に震えた。
異変に気づき、咄嗟にマギアを抱えて跳び退る。
だが———
地面を突き破るように噴き出した機械の触手が、ヒルダの体を無情にも上空へと打ち上げた。
無防備な空中。
身動きも取れぬヒルダへ、狙い澄ました銃口が向けられる。
「終わり———」
ナユタが呟き、ヒルダを狙って手をわずかに動かす。
引き金が、今まさに絞られようとしていた———
空中でもがくヒルダ。
無力な空間に晒され、為す術もない。
「っ、ああああぁぁぁっ!!」
悲痛な叫びとともに、別の場所から猛然と駆けてくる影。
———セレン。
よろめきながら、血だらけの身体を引きずるようにして、ナユタへ向かって突撃してきた。
「っ、オレだけでも、刺し違えてやるつもりか」
セレンに気づいたナユタが、冷笑を浮かべながら呟く。
迎撃すべく、光の刃を握り直した———が。
「————騙されたね」
「な————!?」
セレンが突きつけた短剣の先。
狙うのはナユタではなかった。
———ヒルダを狙う、触手の銃口。
短剣の切っ先から走った氷の魔術が、一直線に撃ち出される。
銃口へと到達した氷が瞬時に広がり———
バゴンッ!!
内部で暴発した触手が、黒煙を噴き上げながら崩れ落ちた。
「ッ、シグルドォォォォッ!!」
セレンが、裂けそうな喉で名を叫ぶ。
ヒルダを、守れ———と。
「させるか————!」
ナユタも叫び、掌を再びヒルダへ向ける。
しかし、セレンが最後の力を振り絞り、ナユタへ飛びかかった。
「ぐ、ぅっ!!」
倒れこむように、ナユタを抱きしめる。
そのまま二人は、スルトの背から落下していった。
「ヒルダ!!」
「っ……シグルド!!」
セレンの咆哮に反応し、シグルドが振り返る。
宙に打ち上げられたヒルダを捉えると、フレイムコートを噴射して跳び上がる。
ヒルダもシグルドを見つけ、必死に手を伸ばす。空中で二人の手が繋がる。
強く引き寄せると、シグルドは体勢を立て直し、ヒルダをしっかりと抱きかかえた。
そして、顔を上げる。その目には———未だ砲火を吐き続けるコアユニットが映っていた。
「このまま行くぞ!」
「っ、えぇ!」
互いに叫び、決意を重ねる。
シグルドはヒルダを抱えたまま、コアユニットへと剣を向けた。
ヒルダも迷いを捨て、マギアを脇に抱え直す。
そして、フレイムコートが轟音と共に出力を上げる。
———二人は空を駆ける。青、赤、紫、白……燃え盛る炎でその身を包みながら。
「ッ、お前は俺が守る……撃て!!」
コアユニットが放つ迎撃の砲火。
それを、シグルドは燃え上がる炎で受け止め、押し返し、ヒルダを庇いながら突き進む。
「あ、た……れええぇぇっ!!」
ヒルダの叫びと共に、第一弾が放たれる。
1発、2発。
重く鈍い音を立て、コアユニットの表面を撃ち抜き、削り、ひび割れを走らせる。
「まだ、いっけえぇぇっ!!」
3発、4発———次々と撃ち込まれ、
大きく裂けた穴から、微かな光が漏れ出す。
「これで、ラスト! シグルド!!」
ヒルダが叫ぶ。
最後の1発が、正確に開いた穴へと吸い込まれていった。
その先に見えたのは———赤く脈動する、命の核。
「これでッ! 終わりだあぁァァッッ!!」
シグルドはフレイムコートの出力を限界まで高め、
燃え上がる蒼炎を纏い、一直線に突撃する!
グラムを振り上げ、全力で叩き込む。
カチカチッ、カシャン。
カチカチッ、カシャン。
次々とエーテルカートリッジが射出され、
魔剣グラムは、膨大な紫銀の炎をスルトの内部へと注ぎ込んだ。
———紫銀の炎が走る。
———スルトの中枢を侵す。
———必死に構成を変えて抵抗しようとするプログラムを、毒炎が焼き尽くす。
「っあ!?」
「きゃあぁぁっ!!」
逆流するように爆発的な衝撃が襲い、
二人は空へと弾き飛ばされた。
同時にスルトは、断末魔のような軋み声を上げる。
巨大な触手たちも、力を失ったように地面へと崩れ落ちた。
「や、った……?」
「えぇ……えぇ!!」
地面を転がりながらも、シグルドは即座に赤炎を噴射し、受け身を取る。
ヒルダも必死に着地し、シグルドにしがみつく。
見上げた先———
そこにあったのは、力尽き、沈黙したスルトの巨躯。
「っ! スルトを、倒した!!」
シグルドは、確信する。
拳を握りしめ、震える声で叫んだ。
———俺達は勝ったのだと。
ーーーーーーーーーーー
「ん……」
勇士隊が出発した後。
賑やかな地上から離れ、静かな建物の屋上で眠っていたヨシノ博士が、微かなうめき声を漏らす。
東の空から伸びる光———
眩い朝日の輝きに照らされ、瞼が自然と開いた。
「朝、か……ふぁ、まだ眠い……」
寝ぼけ眼を擦りながら、もぞもぞと身体を伸ばす。
そして、ふと———無意識に、旧都の方角へと視線を向けた。
「……良い日の出を見れたから、いいか」
ぽつりと呟いたその先に、
ヨシノは、見た。
赤炎を纏い、燦然と輝く———
———英雄の姿を。
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