第三十一話 古き時代の狂気
「始まりは、あの日――人類が機械の反乱に屈した、あの日だった」
ナユタは語り出す。己の過去を。
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「何をするつもりだ、父さん!」
「これは処分する。あれに汚染されるかもしれない……多くの犠牲を払って封じたんだ。妥協は許されん」
「影響を受けてるならとっくに異常が出てるはずだろ!? 返してよ……!」
機械の反乱によって旧都が崩壊してから、まだ二日。
俺たちは、塔の頂上にある研究所にいた。
「タマモ」
「……はい、とうさま」
「姉さんっ!? やめっ……ユミル!!」
父――のちの教皇となる男が乱雑に奪い取ったのは、人工知能を搭載した小型メカだった。
幼い頃から俺が機械工学に惹かれ、試行錯誤して組み上げたユミル。兄弟のように、親友のように育てた存在を――強迫観念に取り憑かれた父は、容赦なく手から奪っていった。
「よく聞け、ナユタ。この先の世界に、こういった機械は――不要だ」
「やめろっ!!」
ガシャン――。
床に放り投げられたユミルに向けて、父は懐から取り出した拳銃を突きつけた。
一発、二発、三発――銃のスライドが引き切られ、引き金が空しく音を鳴らすまで撃ち尽くし、ユミルを破壊してみせた。
「あ……ああ……そんな……」
「完全にスクラップにして、廃棄する。私は、お前たちを守る責任がある」
「母さんを贄にしておいて、俺たちを守るだと!?」
「あれは……サナエが自ら志願した。必要な――犠牲だった」
淡々と語り、感情すら押し殺す父の姿は、酷く歪んで見えた。
暴走した機械たちは、あらゆるネットワーク、物理接続、あらゆる経路から世界を掌握した。
情報社会においてそれは、全ての扉が開かれることと同義だった。
反抗を試みた者たちの計画は、芽吹く前に踏み潰された。
そんな連中に対し、この男たちが取った手段――それは、あまりに大きな犠牲を伴うものだった。
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「母さんが……犠牲に?」
「はい。地上に設けた欺瞞用の研究所が最初に襲撃されました。博士の予想通り、目標は偽情報に釣られ、地下から都市の中心部に出現。サナエ博士の犠牲によって、逃すことなく無力化に成功したのです」
父の助手を務める男が、まるで日常業務の報告でもするかのように淡々と告げる。
残された人類が機械たちに対してとった、最後にして最大の反抗計画――
それは、この都市に機械たちを誘き寄せ、エネルギーを吸収し、封印するというものだった。
だがそのためには、都市の中心まで誘い込まなければならない。
その過程で、父をはじめとする生き残った研究者たちは――
”都市に住まう全ての人間を犠牲にする"という決断を下したのだ。
「……そんな計画、まさか聞かされてなかったのか?」
「オレは……何も」
「そうですか。まあ、それだけ機密性の高い計画だったということです」
男は、まるで機械仕掛けのように表情一つ変えず、続けた。
機械たちは、ありとあらゆるセキュリティを突破する。
もともと軍用のプロテクトを破るために設計されたものだ。ある意味、当然の帰結だった。
――では、そんな敵に情報を隠し通すにはどうすればいいか?
答えは、単純だった。
記録を、残さないこと。
父と母、そしてごくわずかな人間だけに口頭で伝えられた計画。
それは、地上の研究所で機械を無力化する兵器を開発している、という偽情報を流すことで、機械たちを誘導するというものだった。
計画の真意を知らない地上の研究員たちは、世界を救うために働いていると信じたまま、何も知らずに死んでいった。
地上に暮らしていた多くの人々もまた、逃げる術も与えられず――
圧倒的な死と、破壊の中で、ほぼ全滅した。
……母は、そのために、地上に残ったのだ。
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「オレ達だけ生き残って、何になるっていうんだ! こんな、何もない場所で、どうやって生きていく!」
「物資の調達方法はすでに確立している。研究中だった万能エネルギー体……それを応用すれば、いずれ物資の問題は解決できる」
「いずれ? じゃあ、今はどうする気だよ!?」
「大人になれ、ナユタ。現実は甘くない。犠牲を払い続けて、我々はここにいるのだ」
父だった男は、まるで壊れた機械のように、感情のない声で言葉を重ねる。
あの日から、この男はオレにも、姉にも、まともに目を向けたことがなかった。
ただひたすらに――
オレたちからあらゆるものを奪い、
守るという名目で、自由を、未来を、可能性を、何もかも押し潰していった。
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「ナユタ……」
「姉さんか」
何もやる気が起きず、ただぼんやりと黄昏れていた場所へ、姉がやってきた。
あの日――ユミルを奪われた日から、姉さんは負い目を感じているのか、オレと顔を合わせることさえ避けていたのに。
「その、これ……」
「なんだ……って、これって、父さんの研究資料? こんなの持ち出したら父さんに怒られ————」
姉さんが差し出したファイルに目を落とす。
パラリと数枚、ページをめくった瞬間、オレの背筋に凍るような戦慄が走った。
そこに記されていたのは、常軌を逸した内容だった。堪らず、オレは立ち上がる。
「父さん!!」
「何だナユタ……私は忙しい。お前に構ってやれる時間は————」
「正気かよ、父さん! ここにいる人たちは……オレたちは……あんたの実験材料じゃない!!」
「なにを……その資料を、見たのか」
資料に記されていた計画。
それは、研究中の万能エネルギーを人体に適応させ、生身のままエネルギーを変容できる存在――
つまり、“新しい人間”を造ろうとする、狂気の沙汰だった。
災厄を乗り越え、生き延びようとする人々を、踏みにじる計画。
……この男は、本当に狂ってしまったのだ。
「我々は、少なくない犠牲を払ってきた。このまま滅びを待つことなどできない。反撃しなければならないのだ。今の我々に成し得ないなら、成し得る者を造るまでだ!」
「それはオレたちには関係ないことだ! あんたの復讐心は、あんたの中だけで満たせばいい! ……オレたちを、無辜の人々を、巻き込むな!!」
人々は疲弊し、心身ともに限界だった。
それでも、生き延びたいと願うことも。
あるいは、何も知らないまま、穏やかに最期を迎えたいと願うことも――すべて人として当たり前の権利だ。
だが、この男は、それすらも許さなかった。
存続の名のもとに、未来を、尊厳を、すべて踏みにじろうとしている。
「理解できないか……お前には」
「ああ、理解なんかできない。オレたちは……あんたの家畜になってまで生きるつもりはない。オレは、人間のまま生きて、人間のまま死ぬ!」
「そうか――残念だよ、我が息子よ」
カチリ、と。
男が何かのスイッチを押すと、即座に武装した兵士たちが部屋になだれ込んできた。
「こいつを牢に連れて行け」
「っ、お前は……!」
「頭を冷やすといい」
腕を強く掴まれ、オレは無理やり研究所から引きずり出される。
「ナユタ!」
外で待っていた姉が、連れ出されるオレを見て叫んだ。
「っ!」
「なっ、暴れるな……ぐあっ!」
「貴様……ぐぅっ!!」
隙をついて、袖に忍ばせていたスタンガンを引き抜く。
咄嗟に近くの男の腹に押し当てると、ビクリと痙攣してその場に倒れた。
「来い、タマモ!!」
もう一人の兵士にも一撃を叩き込み、オレは姉の手を掴んで走り出した。
ーーーーーーーーーーー
「はぁ、はぁ……っ」
「はぁ……ナユタ、何が……?」
必死で走り、ようやく辿り着いた人気のない路地裏。
息を切らしながら、姉さん――タマモが問いかける。
「あいつは……あの男は、もう狂ってる」
「父さんの————」
「もう、父親じゃない。ここも……いずれあいつの実験場になる」
「そんな……」
震える声のタマモに、オレは告げた。
「……止めないと」
「え————」
あの男のもとに留まる未来に、救いはない。
このままでは、あの狂った思想が、未来を塗り潰す。
「生き残ったのが間違いだったんだ、オレたちも、あいつも。このままじゃ未来に生きてるのは、俺たち人間じゃない。あいつが品種改良して生み出した、家畜だ」
吐き出すように言葉を繋ぐ。
「そんな未来より……人が人のまま、この世界が終わった方がいいと、オレは思う」
「ナユタ……」
タマモの顔に、ためらいと悲しみが入り交じった色が浮かぶ。
きっともう、あの男には会えない。
オレたちが逃げたことは伝わっているはずだ。
次に会うとすれば――それは、敵同士としてだろう。
「タマモ、あんたはどうする」
静かに、問いかける。
「私は……母さんから、頼まれたから。ナユタをお願い、って」
「……そうか」
少し、目を伏せるタマモ。
その横顔には、何も感情がないように見えた。
「……正直、何も感じてないの。母さんが死んだあの日から、父さんも変わって、ナユタも……まるで全部、夢みたいで」
「……あの日、姉さんは死んだんだ。きっと」
淡々と語るタマモの声。
本当は、誰よりも悲しんでいるはずなのに――それすらも、感じられなくなってしまった。
……ならば。
「……仲間を探そう」
「え……?」
「この世界に絶望した人を集めて、抗おう。生まれ変わるんだ。この世界に生きる、最後の人間として」
オレは前を向く。
ただ壊されるだけじゃない。
正しく、終わらせるために。
「タマモ。あんたは今から、オレの姉じゃない」
「…………」
「オレの仲間として生きろ。最期まで、オレについて来い」
タマモは一度、目を伏せ――そして、ゆっくりと顔を上げた。
「……はい」
小さく、それでもはっきりと頷いたその声は。
かつての姉ではなく、オレの隣を歩く者の声だった。
こうして、オレたちは誓った。
狂った男が作ろうとする未来を否定し。
最後の人類として、この世界を正しき終わりへ導くことを。
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「っていうわけだ。オレ達はオレ達が正しいと思って世界を終わらせる。そして、お前らみたいな存在を人とは認めない。狂った研究で生まれた、ただの紛い物だ」
「……」
セレンは、静かにそれを受け止める。
その無言が、ナユタの苛立ちをさらに煽ったのか、彼は冷たく目を細める。
「ヴァルハラ、勇士の魂を集めていずれ来る決戦に備える休息所……」
鼻で笑うように言い放つ。
「さしずめ主神オーディンにでもなったつもりなんだろうな、あの男は」
「北欧神話、ってやつだっけ」
セレンのぽつりとした返しに、ナユタはわずかに目を見開く。
そして、薄く笑った。
「知ってんのか。じゃあ、その結末も知ってるか?」
大きく、空を仰ぎ見る。
天を覆う仮初の大地を、憎悪に満ちた瞳で見据えながら、叫んだ。
「神々の黄昏、終末戦争、ラグナロックを迎えて……神々の時代は終わる!」
その声は怒りに震え、絶望を燃料にするかのように強く響く。
「オレ達は”レーヴァテイン”! 巨人王スルトが振るう武器だ!オレ達が世界を、あの狂った神の時代を終わらせる!!」
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