第三十話 神の子
シグレとトゥーナ、2人の天魔族の手によって一時的なスルトの拘束に成功した勇士達。
だが、ナユタの合図と共に甲高い咆哮がスルトから響き渡り、眠っていた機械群、そして旧都周辺に彷徨っていた機械たちがこちらに向かってくるという。
シグルドたちを先に行かせ、一対一となったセレンは、短剣にカートリッジを込めながらナユタの様子を窺う。
「油断か? それとも思い上がったか。お前一人で何ができる」
「そう? 案外、君のことなんてあっさり倒せちゃうかもよ」
「実験動物風情が……」
苛立ちを隠そうともしないナユタ。不敵に笑って応じるセレンの挑発に、舌打ち混じりの声が返ると、スルトの内部から左右に巨大な触手が突き出される。
「っ!? うわっと!」
「さっさと死ね」
触手の先端がガバリと開き、銃口がセレンを捉える。射撃の気配を感じたセレンは即座に物陰へと飛び込んだ。
(ああいう遠距離攻撃タイプ、相性悪いんだよね……。シグレみたいな照射型なら一方的にいけるのに)
「啖呵を切っておいて逃げ回るだけか。マウスらしくはあるが、不快なだけだな」
セレンは勇士隊の中でも破壊力に乏しい。氷の魔術は対人には有効でも、機械相手には硬度と出力の差で通じにくい。
そのため、物陰に隠れながら触手の動きを見極め、反撃の機会を探っていた。
「とりあえず動きを止めてみるか、なっと!」
「浅いな」
セレンが足元を凍らせようと短剣を突き立てるが、触手がその氷を薙ぎ払うようにして破壊する。
氷の壁を作れば即座に銃撃を浴びせられ、壁はあっという間に砕け、セレンは転がって次の遮蔽物へと逃れた。その途中で氷柱を数本射出するが——
「ふん、時間稼ぎか」
「いやいや、倒す気満々なんだけどね?」
「ふざけたことを。現実を見ることができない、やはり愚かだ」
「現実、ねぇ……」
射出された氷柱は、ナユタの掌から放たれた光弾によってすべて撃ち落とされる。
「旧文明って何百年も昔の話なんだろ? そんな時代の遺物に縋って、人類の滅亡なんてお題目に固執してる方が、よっぽど愚かじゃないかな?」
「実験動物風情が、何も知らずに吠えているだけの教会の駒が何を言った所で……」
「今を生きる人間をどれだけ見下そうと、このまま滅びるのは君たちだよ、時代遅れのおじいちゃん!」
「ぬかせっ!」
煽り合いの応酬の中、セレンは機敏に立ち回り続ける。逃げ、挑発し、繰り返す。
その姿にナユタは、次第に苛立ちを隠せなくなっていく。
「さっさと————」
(————来た)
「潰れろ!!」
遮蔽の背に隠れていたセレンへ、2本の触手が一気に振り下ろされる。
当たれば即死。それだけの”危機”をセレンは待ち望んでいた。
「————”絶停氷華”」
「っ!!」
振り向きもせず、両手を背後に伸ばし、短剣を突き出す。
その刃先が触手に触れた瞬間、爆ぜるように咲き誇る氷の華。
巨大な触手の動きが鈍り、氷の重みで地面に引きずり倒される。
「これで、触手は封じた!」
「ちっ————」
セレンは遮蔽から飛び退き、倒れた触手に刃を突き立て、地面ごと凍結させて動きを封じる。
そのまま足元を滑るように凍らせて加速し、ナユタとの間合いを一気に詰める。
カートリッジは両方とも一つずつ排出された。
迫るセレンに向け、ナユタの光弾が撃ち放たれる。だが——
「けほっ……まったく、危ないな……でも、近づいたよ、ナユタ!」
「気安く、その名を呼ぶな……マウス如きが!」
突きつけられた刃を、手のひらに生成された光の剣が受け止める。
憎悪のこもった瞳。怒気に滲む声。ナユタがセレンの言葉を全力で否定する。
「狂った神気取りの科学者に造られた家畜風情が! 人の言葉を喋るな、虫唾が走る!」
「その“家畜”に接近まで許すニンゲン様も、大して変わらないと思うけどね?」
「黙れ! その減らず口を閉じろ!」
「っぅ……! 流石に、強い……」
剣と剣が打ち合う。
ナユタの太刀筋は鋭く、怒りに任せているように見えて、動きに迷いはない。
一撃ごとにセレンを振り払おうとしながらも、セレンは氷の足場を使って食らいつく。
「っ、はぁ……中々、やるね」
「調子に乗るな。あいつが創り出したものは、この俺が否定する。お前ら、人紛いの家畜も。忌々しい空を埋める仮初の楽園も!」
「————君は、教皇の知り合い、かな」
その一言で、ナユタの動きが止まった。
「っ……知り合い、知り合い……だと?」
ピクリと反応し、不快感と怒りを滲ませた顔で、ナユタはセレンを睨み据える。
「ヒルダ。彼女たちが教皇から聞いた話を聞いて、妙な違和感が残った」
「……」
「彼女は、教皇の“娘”。スルト打倒のために生み出された存在。なのに教皇は彼女を自由にさせていた。いや——放任していたようにも見えた」
「娘、だと!? ははっ……はははははっ!! モルモットで娘を作って家族ごっこか!? とうとう耄碌したか、あのジジイは!」
ナユタは狂ったように笑い出す。
怒りと蔑みが混じった声で、哄笑をあげる。
「……家族ごっこか。私はね、何かを恐れていたように見えたよ。自分が関わることで、ヒルダが道を間違ってしまうのではないか……そんな恐怖に」
「……何が言いたい」
「いや、ただの推測さ。妄想と言っても良い! けれど閃いてしまったからにはどうにも気になってね」
「ちっ、勿体ぶるんじゃねぇ、死ぬ前の遺言として聞いてやる、言ってみろ」
まるでアルフォンスのように大仰な振る舞いを見せるセレンに舌打ちをしながら、その瞳はセレンを真っ直ぐ捕らえていた。
「君は――教皇の息子、だね?」
セレンは真剣な眼差しでナユタを見据え、その結論を静かに告げる。
「ハッ――」
「正解だよ、クソが」
ナユタは鼻で笑いながら腰に手を当て、わざとらしく頭を垂れ、足元に視線を落とす。そしてゆっくりと顔を上げ、セレンを睨みつけるように見据えた。
「なるほど。なら、君が世界を滅ぼそうとする動機も……教皇に向けたものだね」
「その程度の情報でよく辿り着いたもんだ。家畜にしては勘がいい。褒めてやるよ」
ナユタはパチ、パチと皮肉気味に手を叩きながら、吐き捨てるように言った。
セレンはその挑発に乗ることなく、静かに問いかける。
「なぜ?」
「何で親父を憎むのか。何で世界を巻き添えにしようとしてるのか。そうだろ? でもさ、そんなもん知ってどうする? 理解できるとでも思ったのか? 同情でもしたいのかよ?」
「同情なんて、するわけがないだろう。君たちの手で、私は仲間を何人も失った。正義の味方を気取るつもりも、君たちに免罪符を与えるつもりもない。たとえ教会が間違っていて、君たちが正しかったとしても、私は君を許さない」
「……ふん」
「けど、それでも私は……知らなきゃいけないと思ってる」
セレンは真っ直ぐな声音で言葉を紡ぐ。
「何も知らずに戦うのは、生き延びるための本能。だけど、私は勇士たちを率いる隊長だ。敵のことも、向き合うべき現実も、知らずに済ませるわけにはいかない。無知なまま殺し合えば、いつかまた同じ過ちを繰り返す。それが怖いから、私は君を知りたいんだ」
その言葉に、ナユタは黙ってセレンを見つめる。
敵を前にしてなお言葉を尽くそうとする姿に、彼は意外にも割り込むことなく最後まで聞いていた。
「……矜持、か。なるほどな。狂人が作った家畜の方が、あの自己満足の神もどきより“人間らしい”とはな」
「……君を、ここまで歪ませたのは何?」
セレンの問いは、静かだった。
責めるでも、慰めるでもない。ただ事実を問うような声色。
「――いいぜ、教えてやるよ。その“覚悟”に免じてな」
ナユタは剣を構え直し、氷のような瞳をセレンへと向ける。
「お前らが信じてる“神”の正体ってやつを、今ここで暴いてやる」
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