第二十九話 決戦:急
スルトが目覚めた。
大地が唸り、耳をつん裂くような機械の“声”が空に響き渡る。
「シグルドがスルトの防御を突破する……となれば、あのナユタともぶつかることになるな」
「……見た目はガキでも、気を抜かない方がいい」
「南方拠点の襲撃の時、あいつに“見られた”。かなり距離があったけど……殺気を感じた。間違いなく、強い」
「舐めてたら命取りになりそうだ、ね……っ!」
スルトが立ち上がる。その一歩ごとに地が割れ、崩落していく。振動が襲いかかり、各自、飛び退くようにして避ける。
「さて、あれを自由に歩き回らせるわけには————」
「! やば、こっち来るっ!?」
ナユタが乗るスルトのコアユニットがこちらを向き、巨大な腕が振り上げられる。
今にも押し潰されそうになるその瞬間——暗黒を裂いて一筋の光が走り、スルトの腕を弾き飛ばした。
「最大出力でこれか……すごい、防ぎはしたけど、傷一つついてない」
「破壊は考えないでくださいねシグレさん!」
「うん。でも……だいたい掴めた。次は通せる」
「了解。合わせます!」
砲撃を放ったのはシグレ。スルトの妨害を目的とした初動攻撃だった。
防衛戦を終えたトゥーナもシグレのマギアに乗り込み、2人は空へと翔ける。
「小蝿が……何を狙ってる……? だが、羽虫程度叩き落とせば済むこと」
ナユタがスルトの腕を持ち上げると、装甲の各所が開き、弾幕が空を覆う。
「掴まってて、トゥーナ」
「はいっ!」
しがみつくようにシグレの背に腕を回すトゥーナ。
雨霰のような弾幕をかいくぐりながら、シグレは空中を縫うように滑る。その操縦は、身体強化によって研ぎ澄まされた反射神経あってこその曲芸であろう。
「トゥーナ」
「わかりましたっ!」
背後を取るようにスルトの後方へと移動し、トゥーナは高所の廃墟に着地。即座にトリガーを引き、カートリッジを一つ使い切ると、盾を地面へ叩きつける。
「“穢れなき白の城壁よ”!!」
膨大なエーテルと魔力によって生成された白い壁がスルトとシグレの間に立ち上がり、雨のような銃火を受け止める。
「そんな薄氷のような壁で、何が——」
絶え間なく撃ち込まれる弾丸は壁を削り、すぐにでも突破されそうな勢いだった。
その裏で、シグレは構える。
「臨界出力、強制排熱モード……!」
マギアのレバーを押し込むと、3発のカートリッジが一斉に排出される。
砲身が展開し、背部が展開されていく——これより放たれる一撃は、人類史上最大の、一個人が放つ”最強”の一撃。
「いくよ、“ファイア”————!」
シグレの声と共に、光が地を裂く。
「なっ——!?」
砲撃はボロボロになった壁を貫き、射線上の瓦礫を一瞬で消し飛ばしながら突き進む。そして、スルトの胴体へと直撃——。
それはまさに、破壊という名の光の奔流。純粋なエネルギーの塊が、巨体を直撃する。
「あぶな……っ!」
「ははっ——すげぇ……!」
「スルトよりやばいんじゃ……」
直撃による衝撃と風圧から身を守るため、セレンはカートリッジをひとつ使い、即座に氷の壁を展開する。3人はその裏へと身を隠した。
スルト至近で展開されるその光景は、魔術という枠を超えた、まるで兵器のような破壊力で周囲を吹き飛ばし、崩落する建物をさらに押し倒していく。
「っ、馬鹿な……」
「スルトが……」
「倒れる!!」
凄まじい出力を叩き込まれてなお、スルトの胴体は破壊されることはなく、焦げ跡と凹みが残るだけだった。
しかしその衝撃は確かに、巨体を揺らがせるには十分だった。
ゆっくりと、スルトは——崩れ落ちるように、地へと倒れていく。
「やばっ、シグルド、跳んで!!」
「っ!!」
スルトの巨体がこちらへと倒れ込む影に気づいたセレンが叫ぶ。
即座に判断したシグルドは、2人を抱きかかえると、脚と腕のサポーターから炎を噴射させて跳躍。空へと逃れた。
ズズゥゥンッ!!
ヴァルハラ全土を揺らすかのような、スルトの崩落音。
その衝撃は小規模な地震にも匹敵し、至近距離にいた3人を襲う風圧と飛び散る破片は、直撃していれば命を奪う威力だった。
「あっっぶねぇ……」
「これで死んでたら、味方と敵、どっちに殺されたことになるのかしらね……」
「助かったのはいいけど、あっつい……!」
爆風が収まった頃には、周辺は風圧で更地同然となっていた。味方の砲撃で死にかけるという想定外の事態に、2人は肝を冷やす。
「……まさか、ここまでとはな。だが、倒しただけで終わりじゃない」
「“大地よ、鎖となれ”!!」
スルトの倒壊を確認したトゥーナが、続けて動く。
剣を盾と重ねて収納すると、残るすべてのカートリッジを消費して再び地面に叩きつけた。
地が唸るような音を響かせ、スルトの四肢と胴体に鎖のような魔力の束が伸びていく。
それらはまるで巨人を縫いとめるかのように地に絡みつき、スルトを拘束していく。
「……すげぇ」
「これ、トゥーナさんの魔術……なのよね?」
「うん。これが教会の切り札その1、天馬族の力——まさか本当にここまでやってのけるとは」
シグルドとヒルダがスルトの無力化の支援に動く中、セレンは思わず感心する。
作戦は成功——と思われたその時。
シグルドはそのままスルトの頭部に降下しようとするが——
「っ——!?」
頭部あたりから放たれた何かに咄嗟に反応し、回避行動を取る。
バランスを崩した3人は、わずかに逸れた地点——スルトの背面に不時着することになる。
「っ、大丈夫か、2人とも!」
「うぅ……鼻、打った……けど、大丈夫……」
「私は無事だ。すまない、私の判断が遅れた」
やや乱暴な不時着となったが、シグルドはまず2人の無事を確認する。
着地の衝撃で顔をぶつけたヒルダと、体勢を維持して着地したセレン。2人が無事とわかると、ようやく安堵の息を吐いた。
「……ったく、まさかあんな威力を出せるとはな。先日のアレが最大出力……あの魔女の限界だと思っていたよ」
「!!」
苛立ちを滲ませて姿を現したのはナユタだった。どうやらスルトの転倒をやり過ごして無事だったらしく、明らかに機嫌の悪い表情で3人の前に立ちはだかる。
「あれが人間? 冗談だろ。あれは兵器だ、人型のな」
「ナユタ! スルトは倒れた。あとは破壊するだけだ。今なら3対1、おとなしく抵抗をやめろ!」
「……はぁ?」
シグルドが剣を構え、ナユタに向かって突きつける。
今なら数的有利を得ている。スルトを気にせず、集中して戦える状況。だが——
パチンッ
「っ!?」
「なに、この音……っ!」
ナユタが指を鳴らすと、直後に耳をつんざくような高周波が周囲に響く。
それが止むころには、ナユタの口元に、妖しく笑みが浮かんでいた。
「これで都とその周辺にいた機械どもが目を覚ます。スルトと共に眠っていた連中、教会の妨害で“声”が届かなかった連中もな」
「っ、そんな……」
「それでも抵抗するか?」
「当然だ」
「なら好きにしろ。俺は奴らが集まって、スルトの拘束を解くのを待ってればいい。降伏? そんな理由、どこにもねぇよ」
嘲るようなナユタの言葉に、セレンが一歩前へ出る。
「2人はスルトの破壊を優先して。ここは私が引き受ける」
「セレン……!」
「いいから。君たちは私の——この隊の勇士でしょ? なら、信じて任せてくれ」
「……わかった。任せる」
「任された」
「行こう、ヒルダ」
「う、うんっ」
セレンの言葉に一瞬の迷いを見せるも、覚悟を決めたように頷いたシグルドとヒルダ。
ヒルダを抱えたまま、シグルドはその場を離れようとした——だが。
「行かせるわけないだろ」
ナユタが掌をかざすと、眩い光が収束し、それがシグルドたちへと放たれる。
だがその攻撃は、交差するように飛来した氷柱と衝突し、爆発。攻撃は逸れた。
「ちっ……!」
「うおおおっ!!」
「上……っ!」
爆発の煙が視界を遮る。その瞬間、シグルドはヒルダを背にしがみつかせ、高く跳躍。
剣に炎を纏わせると、そのままナユタに向けて斬撃を放つ。
だがその攻撃は、光の防御障壁によって阻まれた。
しかし……狙いは攻撃ではない、反撃に転ずる隙を与えずに攻撃を叩き込み——その間に、2人はスルトの頭部まで到達する。
「さあ、ナユタ。リーダー同士、決着をつけようじゃないか」
煙が晴れた瓦礫の中に立つセレン。
両手に短剣を構え、右手の剣をナユタへと向ける。その顔には、不敵な笑みが浮かんでいた。
「中間管理職風情が……さっさと殺してやる」
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