第二十三話 決戦前
教皇から世界の真実を聞き、スルト討伐の決意と覚悟を固めたシグルドとヒルダ。
謁見の間を後にした二人は、待機していたスヴェンに案内され、転移術士の元へと向かう。
「なぁ」
「何か?」
「あんたは、戦わないのか?」
歩きながら、ふと気になって尋ねる。
「時が来れば、剣を取り、戦う覚悟はある」
「……そうか」
その短いやりとりを最後に、言葉を交わすことなく、三人は転移術士のもとへと辿り着く。来たときと同様に、輪を作るように手を繋いだ。
「っ……慣れないな」
「私は慣れ――っぷ……」
「転移は酔う方もいらっしゃるので、お気をつけて」
「……何やってんだお前……」
青ざめた顔で口元を押さえるヒルダを見て、シグルドは呆れたように息をつきながら、その背をさすってやる。そうして二人は、塔のエレベーターに乗り込んだ。
「なぁ」
「……何よ」
「あんな可愛い顔、見せられるんだな。お前」
「はぁっ!?」
不意にこぼれたシグルドの言葉に、ヒルダは目を見開いて硬直する。青ざめていた顔は、一転して真っ赤に染まり――
「あんな嬉しそうな顔してさ。……そんな可愛げあったんだな」
「っ〜〜〜〜! う、うるさいっ……ばか……」
褒められているのかどうか判断できず、けれど“可愛い”という言葉の破壊力はあまりに強く、思わず視線を逸らしながら、言葉を絞り出すように悪態をつく。
「まぁ、悪くねぇと思うぞ。……前のお前は、どこか自暴自棄に見えてた。今の方が……なんていうか、ちゃんと生きてる感じがする」
「――――なにそれ。私は……私はね、いつだって可愛いわよ」
誰にも必要とされていない。何者なのか、自分でもわからない。
そんな不安に飲まれそうになっていたあの頃――ヒルダは、シグルドと出会った。
今はもう、自分の居場所がある。自分の力が、誰かに必要とされていると、そう感じられている。
どこか晴れやかな表情で、エレベーターの隙間から覗く空を見上げるシグルドの横顔を見つめながら――ヒルダは、小さく微笑んだ。
ーーーーーーーーーー
「お、戻ってきたか。お帰り――二人とも」
「ただいま」
「ただいま……です」
地上に転移して戻ってくると、セレンとデシル、そしてフィオレッタが出迎えてくれた。
「その、大丈夫っすか? 二人とも……」
「無理しなくていいからね? その……あれだったら、私に任せて休んでても――」
デシルもフィオレッタも、シルラとは特に親しかった。
それだけに、きっと心にも大きな傷を抱えているはずだ。
それでもなお、二人を気遣ってくれるその優しさが胸に沁みる。
「ああ、大丈夫だ。……乗り越えた、とは言えないけどさ。けど――無駄には、したくないって誓った」
「私も……助けられなかった。だから、もう二度と“間に合わなかった”なんて思いはしたくない」
シグルドとヒルダは、柔らかく微笑みながら言葉を返す。
その表情に無理はなかった。それが伝わったのか、デシルとフィオレッタは顔を見合わせて、ふっと息をついた。
「ま、それはそれとして、シグルドくんは医療室行きだよ? 君、全身火傷してるでしょ。……まだちょっと焦げ臭いし」
「……正直、もう手足の感覚ほとんどないっつーか……」
「デシル、さっさと連れて行け!!」
「は、はいっす!!」
気まずそうに目を逸らしながら現状を口にしたシグルドに、セレンは容赦なく声を張り上げた。デシルは慌てて彼の腕を取って連れていく。
「君たちは……シルラちゃんの埋葬だ。やれるかい?」
「……はい」
「やらせてください。シルラちゃんと……お別れ、したいですから」
「……悪いね。ちゃんとした葬式もしてやれなくて」
ヒルダとフィオレッタは、セレンに導かれながら、シルラの眠る場所へ向かう。
その亡骸は、簡素ながらも丁寧に整えられていた。
静かな祈りと共に――彼女は、拠点の共同墓地に葬られた。
ーーーーーーーーーー
「まったく無茶して……あともうちょっと遅かったら、そのまま壊死して腐り落ちてたよ!!」
「……すんません」
医務室で魔術的・医療的処置を受けながら、シグルドは包帯を巻く妙齢の女性――以前、自分がこの拠点に落ちてきたときにも世話になった女性医師に叱られていた。
「はい、これで一日安静! 若いからそれで治るけど、無理に動いたら治りが伸びるよ!」
「うっす……」
手足の火傷は、自分の無茶が原因だ。言い訳のしようもなく、素直に指示に従うしかなかった。
女性が医務室を出ていくと、シグルドは深く息を吐いて、寝台に身を沈める。
「ねぇ」
「ん――まだ何か……うわっ!?」
突然背後からかけられた声に、シグルドは驚いて飛び起きる。
先ほどの女性が戻ってきたのかと思いきや、そこには漆黒の衣をまとった二メートル級の巨体の女性が、静かに立っていた。
「ぼく、シグレ」
「へ……あ、ああ……あんたが、シグレ?」
名前だけは聞いたことがある。
勝手に“獣じみた大男”を想像していたが、そこにいたのは、どこか神秘的な美しさと威圧感を併せ持った、別ベクトルで規格外の女性だった。
「名前は?」
「あ、えっと……シグルドだ」
「シグルド……シグルズ。北欧神話、シグムンドの息子?」
「? いや、親父はそんな名前じゃないけど……」
「そう」
言葉の調子は一定で、必要最小限しか話さない。それでも不思議と印象に残る話し方だ。
美しい顔立ちのわりに、どこか少女のような雰囲気もある。
その奇妙な存在感に、シグルドはしばらく言葉を探していた。
「亡くなった子……」
「……シルラのことか?」
「シルラ。……ぼくの、ぼくたちの新しい家族。会いたかった」
「家族……?」
シグレはシルラの名を口にすると、胸元に手を当て、噛みしめるようにその名を繰り返す。
「ここの人は、みんな家族」
「……そうか、家族、か」
「あなたも、ぼくの家族」
「……ああ」
不思議な感性だと思う。だがその言葉は、どこか温かく、素直に受け止められた。
「ぼくは強いから」
「……らしいな」
「頼ってね」
「お、おう……」
「ぼくも、君を頼るから」
実際に、彼女の力は見た。
一瞬の戦闘で放った魔術は、カートリッジ二つを使って出す自分の火力を凌駕していた。
そんな彼女にそう言われれば、自然と背筋が伸びる。
「もう行くのか?」
「うん」
「そうか」
「“主はわが岩、わが城、わたしを救う者。わが神、わが寄り頼む岩。わが盾、わが救いの角、わが高きやぐらです”」
「……なんだって?」
突然、聞き慣れない言葉を呟くシグレに、シグルドは思わず首を傾げる。
「昔の人は、神様に縋ってた。救いを求めて、拠り所にしてた。――あなたは、何に縋ってるの?」
「……俺は――」
シグレの言葉の意味を、ゆっくりと咀嚼する。
“何かに縋る”――その発想は、これまでの自分にはなかった。
「俺は何にも縋らない。ただ、自分がやるべきだと信じたことを、全うするだけだ」
「そう」
シグルドの答えを聞いても、表情は変わらない。
それでも納得したように、シグレは扉の方へ向かう。
「ぼくも、自分がやるべきだって思ったこと、してるから。……頑張ろうね」
最後にそう言い残して、彼女は静かに医務室を後にした。
「……見舞い、か?」
ベッドに再び身を預けながら、シグルドはぽつりと呟く。
どこか掴みどころのない人物だった――だが、それでも、確かな意志を持った誰かだということだけは伝わってきた。
そのまま静かにまぶたを閉じ、シグルドはしばしの眠りに落ちていった。
ーーーーーーーーーー
「これが……俺の剣、か」
翌朝。無事に復帰したシグルドは、新たな衣服と装備に身を包み、地上へと降りてきたヨシノ博士から、一振りの剣を受け取っていた。
「その通り……そいつは、はぁ……君の戦い方に合わせてカスタムしたマギアだよ……」
「……大丈夫か?」
受け取った剣を見下ろしながら顔を上げると、目の前の博士は案の定ふらふらとしていた。
その目の下には、薄く隈ができている。
「ヒルダの武器も一緒にだったからね……徹夜続きさ。ボクのことはいい、気にしないで。――イメージするんだ。そいつは、“機械を殺す剣”だよ」
「……イメージ……」
言われるまま、シグルドは剣を両手で構え、軽くトリガーを引く。
頭に思い浮かべるのは、焼き尽くす炎。金属すら熔かす、侵すような熱。機械の巨体を打ち砕く、破壊の象徴。
「っ――これは……!」
剣の刀身を包んだのは、灼熱を思わせる白い焔。
その白炎に絡みつくように、どこか妖しげな紫の炎が揺れる。
「おお……これはすごい。あらゆるものを焼き尽くす“白炎”に……おやおや? “紫の炎”も混じってる。毒でもイメージしたのかな? あははっ、良いじゃないか、紫銀の焔! うん、いいネーミングだ。君の魔剣にぴったりだよ!」
「魔剣……?」
視線の先で揺れる二重の焔――それはまさに“魔剣”と呼ぶに相応しい異質な光。
「そう。そいつは“スルトを殺すため”に作った剣だ。……名を、“グラム”という」
「グラム……」
その名を繰り返しながら、シグルドは握る剣の重みを確かめる。
人を滅ぼさんとする機械の巨人を打ち倒す、ただひとつの“魔剣”。
それが今、彼の手に託された。
気になる、応援していただけるという方は評価や感想、拡散よろしくお願いします♪
X(旧Twitter)で更新報告をしています、更新を心待ちにしてくださる方はフォローお願いします♪
X(Twitter)→@You_Re622




