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ヴァルハラの地平は遥か底に 〜赤炎纏し青年は世界の端を目指す〜  作者: you-re


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第二十二話 真実

 アリシア・ヨシノ博士に指名される形で、スルト討伐の主要メンバーに抜擢されたシグルド。


 戦うことになる可能性は、どこかでうすうす感じてはいた。だが、まさか自分が主要戦力に選ばれるなどとは、夢にも思っていなかった。戸惑いは拭えない。



「ヒルダといちばん連携が取れそうなのって、君じゃないかな?」


「……いやいや、そんなに付き合い長くないぞ。俺とこいつは」


「そうなのかい? ま、別に“君じゃなきゃいけない理由”はないけど、“君じゃダメな理由”もないよ」


「そんな適当な――」


 抗議しかけたシグルドをよそに、ヨシノ博士はくるりと背を向け、手をひらひらと振りながら軽い調子で歩き出していく。



「じゃ、ボクは帰ってこれを武器に仕立ててくるよ。……で、教皇さま? その子たちにはぜーんぶ話しちゃって」


「アリシアよ。この子たちは――」


「仮に話して“ボクたちのこと信じられない!”ってなったとしても、それはそれ。あの子たちは、自分がやるべきだって思ったことは、ちゃんとやるよ。じゃーね」


 飄々とした足取りで、アリシア・ヨシノ博士は謁見の間を後にする。


 残された三人の間には、しばしの沈黙と、言葉にしづらい空気が漂った。



「あいつは昔から変わらんな……。まぁ、あいつらしいと言えばそうなのだろうが」


 教皇はひとつ溜息をついてから、二人に視線を移し、静かに問う。



「我が娘。そしてシグルドよ――お前たちは、“この世界の真実”を知りたいか?」


 その問いかけは、覚悟を求めるものだった。



「私、は……知りたい」


 ヒルダが真っすぐに答える。



「私の力が必要なんでしょう? だったら……お父様が、何を想って私をこの世界に生んだのか――それを、知りたい」


 その声音には、迷いはなかった。


 ここに来ると決めた時点で、彼女は自らの出生に向き合う覚悟をしていたのだろう。



「俺は――……俺も、知りたい」


 シグルドは一度、目を伏せてから顔を上げる。


 この短い期間で、あまりにも多くのことがあった。


 きっと、今後の人生でこれほど濃密な時間を過ごすことなど、もう二度とない。



「“知りたいと思ったことは、この目で見ろ。やるべきだと思ったことはやれ。納得できる選択肢を選べ”――親父は、いつもそう言ってた」


「……そうか。お前は、あの男の……そういうことか。ならば――これは、必然ということなのだな」


 シグルドの言葉を聞いた教皇は、わずかに目を見開き、納得するように静かに目を閉じる。


 その口から、今まさに“真実”が語られようとしていた。



「――かつて、私は一人の研究者だった」


 重々しく教皇は語り始めた。


 その声には、遥かな過去と向き合う覚悟と、悔恨のような響きがあった。



「お前たちも聞いているだろう。この“ヴァルハラ”は、機械の反乱によって人類が地上を追われ、生き残った者たちが逃げ延びた場所だと」


「ああ」


 シグルドがうなずく。



「だがな――その“逃げ延びた先”にあったのは、大地でも都市でもない。何もない、広大な“膜”だけだったのだ」


「……膜?」


 言葉の意味がすぐには理解できない。


 シグルドにとって、ヴァルハラの大地とそこに住まう人々の営みは、生まれたときから存在していたものであった。


 大地が広がり、中央には都市が栄える……そんなヴァルハラの大地が、元々何もなかった場所だったのだということをすぐに飲み込むことができなかった。



「当時、我々が研究していた新技術。それが、今のヴァルハラを形作っている」


「新技術……?」


「“情報変容性エネルギー”――今では“エーテル”と呼ばれているものの、原型だ」


「エーテルの……原型……」


 ヒルダが息をのむ。


 地上には存在しないが、魔術と深く関わる“エーテル”。それがどのようにして生まれたのか――教皇の口から、語られていく。



「当時の人類は、長年悩まされていたエネルギー問題を克服しつつあった。“情報変容性エネルギー”とは、記憶、記録、感情……そういった“情報”に反応し、それに応じて“構造”を変化させる、極めて応用性の高いエネルギーだった」


「情報で、形が変わる……?」


「いわば万能のエネルギーとでも言おうか。もともとは燃料としての活用を想定されていたものであったが――私は、そこに別の可能性を見出した」


 教皇の視線が、遠い過去を見つめるように泳ぐ。



「強大な機械に抗うためには、もはや機械に頼ることはできない。だから私は、“生身の人間”に、機械を打ち倒す力を与える方法を模索した」


 それが、“魔術”という概念の誕生だった。



「我々は、“魔術”という新たな力を編み出そうとした。だが――エネルギーに対して“変容”を起こさせるには、情報の“入力”が必要だ。そして、それが我々にはできなかった」


 言葉とともに、教皇は自らの掌をじっと見つめる。



「だから私は、“魔術を使える人間”を――造ることにしたのだ」


「造る……!?」


 シグルドが思わず息をのむ。


「ああ。人々の中から協力者を募り、遺伝子に手を加えた。私たちが生み出した新エネルギー――エーテルに“拒絶されない身体”、エーテルを“取り込める器官”、そして――エーテルに情報を与える“触媒”を備えた、新たな人間を作り出そうとした」


「それって……つまり……生き残った人々で、“人体実験”をしたってことか」


「ああ」


 教皇は一切の否定もせず、重く、短く、肯定する。



「進化とは、本来何万年、何億年という時間を要するものだ。だが我々には、そんな余裕はなかった。“明日にも機械が目を覚まし、人類を完全に滅ぼすかもしれない”――その恐怖が、常に背後にあった」


 かつて人類を追い詰めた“機械”の恐怖。それが、彼らを追い詰め、突き動かした。


 その結果――人類は、自らの手で“新しい人間”を生み出した。



「エーテルに適応した人類を生み出すための試行錯誤。その末に行き着いたのが、いわゆる“人体実験”であり、“品種改良”だ」


「――結果として、生物としては非常に短いサイクルで、進化と変異を重ねていった。そして今、天魔族と呼ばれる者たちが現れた。彼らは、エーテルをマナへと変換するだけでなく――エーテルそのものを体内に“貯蔵”できる存在だ」


 それは、人の姿をしながらも、まったく新しい種――“エーテルを体内に蓄え、自在に扱える人類”の系譜。


 地上に落ちてなお、わずかながら魔術を行使することができたシルラや、同じマギアを使いながら比較にならないほどの破壊力を誇る魔術でもってナユタを迎撃せしめたシグレの存在が、教皇の語った計画の成果を物語っていた。



「……それが、お父様の……望んだ結果だったの?」


 ヒルダが、沈んだ声で問いかける。



「――いや。あくまでも、それは“過程”に過ぎん」


 教皇は首を横に振る。


「たとえ一人の人間が、強力な火砲を手に入れたとしても――“アレ”には敵わない。スルトの複合装甲は、核弾頭を撃ち込んでも、傷一つつけられぬ。その表層を溶かすことすらできんだろう」


「……核弾頭って……」


 ヒルダが思わず聞き返す。



「当時の人類が持ち得た、“最も強力な矛”にして、“最も忌むべき業”だと思ってくれて構わない」


 かつて、ナノマシンによって飛躍的な技術の進歩を遂げた旧文明。


 スルトに施された“複合装甲”は、ただ異種素材を重ねただけのものではない。


 それは、目に見えぬほど微細な機械の集合体――ナノスケールで編まれた“皮膚”であり、あらゆる熱・衝撃・電気・物理的干渉を、最適化された形で受け流すための“機構”だった。



「――ゆえに、我々がたどり着いたのは、“破壊”ではなく“回帰”という発想だ」


「回帰……?」


「私の……力」


 ヒルダが、わずかに目を伏せながら呟く。



「そうだ。膨大な情報の集積と、それを元に形を成す“魔術”の理論。それを応用して、“スルト”を構成するナノマシンを、組み立てる前の状態へと“巻き戻す”力……それが、“回帰”だ。そして、ブリュンヒルド――お前は、その力を行使するために造られた“切り札”なのだ」


 ヒルダの出生。


 それは、ただの人間の“娘”ではない。


 人類最後の希望として設計され、生み出された存在――スルトを倒すための鍵だった。



「…………お父様」


 小さく絞り出すように、ヒルダが声を漏らす。



「……どうして、私を……“自由に”したの?」


 ずっと、どこかでわかっていた。


 自分は“普通の人間ではない”のだと。


 でも、いま――その事実を、親の口から改めて突きつけられることで、胸の奥が痛くなる。



「私は……人としても、親としても、決して正しいとは言えぬ行いを重ねてきた」


「……」


「スルトを倒し、人類を生き延びさせる――それは、私自身の“願い”であって、人類すべての総意ではなかった。終わりを受け入れ、静かに生を終えることを望んだ者たちもいた。この“ヴァルハラ”で、ただ穏やかに暮らすことを望む者たちを、私は――見て見ぬふりをした」


 その独白に、シグルドはふと、思い返す。


 ヴァルハラを離れる前、最南の村で出会った男。


 “正しき終わり”を説き、“滅び”こそが救いだと語っていた者――


(あの男……レーヴァテインの信奉者だったのか)


 終焉を望む思想と、過去に囚われた教皇。


 人類の未来を懸けた思惑は、決してひとつではなかった――



「ゆえに……お前には、自分の目で見て、自分の意志で選択してほしかった。“終わり”を受け入れるのか、“今を生きる人々”のために戦うのか――それとも、すべてを投げ出して逃げ出すのか」


「お父様……」


「それが……父親として相応しくない、私の――」


「――いいえ。違うの、違うのよ、お父様!」


 語りかけを遮るように、ヒルダが一歩、前に出る。


 その目には、強く揺れる光が宿っていた。



「私は……お父様に、認めてほしかっただけ。“よくできたな”って、ただ一言、褒めてもらいたかった。……普通の、親子みたいに」


 言葉を絞り出すようにしながら、涙を堪える表情で語るヒルダ。


 それを見たシグルドは、過去の旅路を思い返す――最初の出会い、そして“あの言葉”。



「こいつは――最初に出会ったとき、俺を殺そうとしてた」


 苦笑しながら、口を開く。


「そのあとで言ったんだ。『首を出せば、教会から報酬がもらえる』って。……でも多分、本当は――そうすれば、お前に褒めてもらえるって、そう思ったんじゃないか?」


「シグルド……」


 シルラに目的を問われたあの日、曖昧にごまかしたヒルダの返答――その裏に隠されていた想いを、シグルドは今、言葉にする。



「……まぁ、それで“人殺し”を選ぶあたり、どういう教育してんだとは思ったけどな」


「そ、それは……ごめんなさい……」


 小さく肩をすくめ、頬を赤らめるヒルダ。


 普段の飄々とした態度とは違い、素直にしゅんと反省して見せた。



「だからさ。あんたはもう少し、こいつを娘として頼ってもいいんじゃねぇか?」


「シグルド……」


「シグルドよ……お前は――」


 ヒルダを見て、わずかに口元を綻ばせたシグルドは、今度は教皇をまっすぐに見据える。



「……今の話、正直なところ、ぜんっぜん理解できなかった。人体実験とか、世界の危機だとか、難しいことはいろいろあったんだろうけど……それでも、ここに住んでた普通の人たちは、教会を――あんたを、慕ってたよ」


 そう言って、掌にふっと小さな炎を灯す。



「魔術が生まれたおかげで、救われた命もある。実際魔術は便利だしな。……でも、あんたのことを許せないって思う人間がいるのも、間違いじゃない。俺があんたをどう思うか、何をするか――それは、俺の選択だ」


 炎を消し、拳を握る。



「俺は……俺が“やるべき”と思ったことをやる。シルラを死なせて、生き延びた俺が、ここで足を止めるなんて――ありえねぇんだよ」


「……」


「だからヒルダ。俺は、戦う。スルトを倒せって言うなら――俺はその役割と向き合うよ。それが俺にできることならな」


「シグルド、私は――」


 立ち上がろうとするヒルダの言葉を、指先でそっと唇に当てて制する。


 そして、そのまま顔を教皇の方へと向け――小さく、静かに頷いた。



「ブリュンヒルド……スルトを倒してくれ。旧時代を生き延びた者として。今のヴァルハラを見守る者として。そして……“父”として――頼む」


「……はい。はいっ……! 私に任せてください、お父様!」


 決意を抱えたヒルダの声には、涙の気配と、微かな微笑みがあった。


 まるで、子供の頃に憧れた“普通の娘”のように、無邪気な笑みで――



「よし。……じゃあセレンに報告して、準備だな。まずは怪我を治療して、体調を万全に整えねぇとな」


「へ、えっ!? ちょっ、ちょっと待ちなさいよシグルド!」


 あっけにとられるヒルダの背後で、シグルドは満足げに口元を緩め、出口へと歩き出す。



「シグルド」


「なんだ?」


「娘を――頼む」


「……おう。任せろ。今度は……いや、もう、二度と死なせない」


 教皇――いや、“父親”から託された想い。


 その言葉を胸に刻み、誓うようにシグルドは静かに頷いた。


 過去を受け入れ、迷いを捨てて――


 己の弱さを乗り越えた覚悟とともに、


 彼は、仲間と共に再び歩き出す。



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