第二十一話 ヴァルハラへ
長い長い塔をエレベーターで昇りながら、アリシア・ヨシノ博士は語る。
「もしかしたら気づいているかもしれないけど、レーヴァテインの幹部連中やナユタは、旧文明から生きている人間なんだ」
「……まぁ、薄々は。明らかに、俺たちヴァルハラで生まれた人間を見下してる雰囲気だったしな」
「でも……そんな昔から、人って生き続けられるものなの?」
“旧文明”と呼ばれるほどの時代が過ぎ、ヴァルハラは独自の文明と歴史を歩んできた。人間や生物が、それほど長く生きられるものなのか――その疑問は、当然とも言えるものだった。
「ここに生き証人がいるじゃないか。ボクだって旧文明から今まで、ずっと生きてる」
「……あんたが……?」
「生きようと思えば生きられた。それだけの技術があの頃にはあったんだよ。ただし、身体はなんとかできても精神は別だ。年月を重ねれば重ねるほど、心は刺激や変化に鈍くなる。感情が揺れなくなり、変化についていけず……最終的には、すべてを見下すようになって死を望むか、それとも狂うか。だいたいそのどっちかだったよ」
不老不死が実現された旧文明。しかし、ヨシノ博士が語るその内容は、それを“幸福”とは言えないことを示していた。
「他にも……生きてる人間がいるのか?」
「いるよ。たとえば、教皇様……とかね」
「教皇――」
「その辺りは、そこのヒルダの方が詳しいだろうね。ねぇ、教皇の可愛い娘さん?」
そう言って、ヨシノ博士は視線を横のヒルダへ向けた。
「ヒルダ……お前……」
「……ええ。空誓教会教皇、オーディウル・ヴァルミリアは、私のお父様。私の名前は――ブリュンヒルド・ヴァルミリア。教皇の娘よ」
「ブリュンヒルド……?」
「ヒルダでいいわ。いつも通りに」
教皇の名、そして自らの本当の名を名乗るヒルダ。教皇に興味を抱くことのなかったシグルドは、娘がいることすら知らなかった。だが、これまで妙に教会関連に詳しかった理由には、ようやく合点がいった。
「……って言っても、本当の娘じゃないのだけれど」
「だろうね。おそらく旧文明出身の研究者の遺伝子情報をもとに造られた……人造人間みたいなものかな」
「人造人間……!?」
教皇の娘というだけでも十分衝撃的だったが、さらに人造人間という事実が重なり、情報量の多さに頭が混乱しかける。
「そりゃそうさ。旧文明の人と、今の人間とでは遺伝子構造が違う。もはや“種”として異なるんだ。自然な形で子供なんて、作れるわけがない」
「種として……違う?」
「ま、詳しいことは教皇様から聞くといいさ。要はね、永く生きてると、誰でもいずれ狂うんだよ。誰も彼も……ね」
「……」
ヨシノ博士がそこで言葉を切ると、エレベーターが最上階に到着する。
――あの日、世界の端で見上げた巨大な塔。その中に、今、自分はいる。
窓の外に目をやれば、はるか下方に、かつて自分たちが落とされた場所が見える。その光景に、シルラが自分を庇ってくれたあの瞬間が蘇り、シグルドは目を伏せた。
「じゃあ、転移するよ」
「転移……?」
「ここから中央の教会本部まで移動するんだ。“ワープ”って言っても、わからないかもしれないけどね」
「……???」
ヨシノ博士の説明に、首をかしげるシグルドとヒルダ。博士が手を上げて合図を送ると、教会の修道服をまとった女性が静かに歩み寄ってきた。
「この子が使うのは、知っている場所に人を瞬時に送り届ける転移魔術。こういうレアな魔術を使える子って、教会がすぐ囲っちゃうんだよね」
「よろしくお願いしますね、皆様」
「お、おう……」
「よろしく……」
にわかには信じがたい説明に戸惑いつつも、二人は促されるままに輪を作るように手を取り合う。
「――座標固定、転移開始」
その一言と共に、足元から光が溢れ出すような錯覚に包まれる。視界が一瞬真っ白になり――次の瞬間、彼らはまったく別の場所に立っていた。
「お、おぉ……」
「すごい……本当に、移動したんだ……」
初めての転移に驚きと興奮を滲ませる二人をよそに、ヨシノ博士は術者に軽く頭を下げる。
「帰りもまたお願いするね。……っと、お迎えが来てる」
「お迎えって……あれは――」
ヨシノ博士が視線を向けた先。そこに立っていたのは、あの日、三人をヴァルハラから突き落とした剣士――スヴェンだった。
「アリシア・ヨシノ博士、勇士の皆様。こちらへどうぞ」
「お前は……!」
「空誓教会所属、ハイプリースト。名をスヴェン・オーヴォンと申します」
以前とは打って変わった丁寧な物腰に、シグルドは振り上げた拳の行き場を失う。
「久しぶりね。あなたに突き落とされて以来だけど……元気そうでなによりだわ、スヴェン」
「はい。お嬢様の健やかなお姿を拝見できて、光栄に思います」
「落としといて、よく言うわ……」
「お前……いや、そうか。知り合いでもおかしくはないな」
皮肉混じりに名を呼ぶヒルダに、丁寧に応じるスヴェン。その関係に驚くシグルドだったが、ヒルダの素性を思えば、それも自然なことだった。
「して、もう一人の勇士のお姿が見えませんが……下に残っておられるのですか?」
「……あいつは……シルラは、死んだ。俺を庇って……」
抉るような問いに、シグルドはうつむきながら答えた。
「……そうですか。私は、あの方が身を挺して人を守った姿を見て、まさしく勇士にふさわしい魂をお持ちだと感じておりました。心より、哀悼の意を表します」
「……あぁ。そう、だな」
胸に手を添え、黙祷を捧げるスヴェン。その姿に、シグルドの中にあった怒りは、次第に消えていった。
「では、こちらへ」
「……ああ。行こう。教皇のもとへ」
そうしてスヴェンの先導のもと、一行は静かに教会本部の奥へと進んでいった。
ーーーーーーーーーー
「教皇様、お連れしました」
「うむ……ご苦労、スヴェン」
「はっ、失礼いたします」
謁見の間に入ったスヴェンは、姿勢を正して簡潔に報告し、一礼して退室していく。
「お父様……」
「ブリュンヒルド……よく帰ってきたな」
ヒルダ――ブリュンヒルドは、複雑な面持ちで教皇を見つめていた。その胸の内に去来するものは、一言では語れない。
その横で、ヨシノ博士が一歩前に出る。
「“アレ”を倒すための武器は作ったけどね。この子だけじゃ足りない。あんたのことだから、他にも何か用意してるだろ? それを受け取りにきたんだ」
「……お前は相変わらず、率直な物言いをするな、アリシア」
「時間がない。おそらく、あと二日か三日で“アレ”が目覚める」
話を聞きに来た、というよりも、最初からそれを目的にしていたかのように、ヨシノ博士は強い調子でそう言い切った。
「……これを」
「これは?」
教皇が手元の装置を操作すると、ヨシノ博士の目の前で床が開き、格納された小さな装置がせり上がってくる。
「“アレ”の自己進化プログラムを超える阻害ウイルスだ。長年かけて構築した――あらゆる行動と演算パターンを予測し、それを妨害する仕組みになっている」
「なるほど。これをどうにかして打ち込めば、“アレ”を破壊できるってわけだ」
「うむ。だが、それが簡単ではないことは……お前にもわかっているはずだ」
教皇とヨシノ博士が交わす言葉は、まるで長年の盟友同士のようだった。
ヨシノ博士は、その装置を手に取ると、くるりと振り返り、背後にいる少年――シグルドの方へと向ける。
「――これを使うのは、君だ」
「ほう……」
「……!?」
指名されたシグルドの表情に、驚きと困惑が浮かぶ。言葉が出ない。思わず目を見開き、ヨシノ博士を見つめる。
「“アレ”の複合装甲を破るには、ヒルダの力が必要。でも、それだけじゃ足りない。たとえヒルダが突破口を開いたとしても、倒しきれなければ本体――意識そのものは逃げてしまうだろう。だから、彼女と連携して確実にこのウイルスを打ち込める人間が必要なんだ」
「“アレ”って……まさか……」
「そう。レーヴァテインが“スルト”と呼んでいた――旧文明を滅ぼした、あの悪魔さ」
かつて世界を終わらせ、今また目覚めようとしている災厄の核。
その“破壊”という使命が、シグルドの手に託された。
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