第二十話 魔女
――俺は、兵士だった。
「……俺は、なんのために……クソッ!」
狂った機械どもが暴れ始めて数年。人類は、瞬く間に敗北を重ねていった。
人が人を殺し合った果てに、今度は人が使っていた道具に駆逐される――そんな皮肉な現実が、目の前に突きつけられていた。
「俺が……俺がやってきたことは……」
国を守るため。家族を守るため。仲間を守るため。
そうやって己に言い聞かせ、納得できないことから目を背け、ただ命令に従って戦い続けてきた。
だが――その全てが無意味だった。まるで嘲笑うかのように、世界は災厄に呑まれていった。
「……世界が終わるなら、俺も……」
命からがら逃げ延びた先にも、地獄は広がっていた。
人々は互いを責め、罵り、傷つけ合っていた。 どう生きるかではなく、誰のせいかを探して怒りをぶつけ合う。
変わらない。何一つ、変わってなどいなかった。最初から――人は人を傷つけるために生まれた存在だったのだ。
「――どうせ死ぬなら、世界と一緒に終わろうじゃないか」
「……え――?」
机の上に置かれた、旧式の拳銃。
それを手に取り、こめかみに押し当てる。静かに撃鉄を起こし、引き金に指をかけた――その時。
不意に、背後から声がした。
振り返ると、そこにはいつの間にか立っていた少年がいた。
「お前は……」
「オレはナユタ。お前と同じ、生き残ってしまった者さ。……滅ぶべくあるこの世界を、終わらせるための、人類の敵ってやつだよ」
――そうして、俺は出会った。
この世界は、残り続けるべきじゃない。
人が人を殺す限り、またいつか、俺のような存在が生まれる。
だから俺は、その手を――ナユタの手を、迷いなく取った。
ーーーーーーーーーー
「ナユタ」
「わかってる。……死んだか」
炎に包まれる南方拠点を見下ろしながら、ナユタは静かに呟いた。足元では、複数の機械が無言のまま、何かの資材を運び出している。
「目的のものは回収した。退くか」
「御意に」
すべての目的物が確保されたことを確認すると、ナユタは踵を返し、侵入口――裏門へと向かっていった。
ーーーーーーーーーー
「っぅ……く、うぅ……」
スリヴァルディとの激闘の果て。息を引き取ったシルラを前に、シグルドは崩れ落ちていた。焦げた鉄と血の匂いが充満する中で、彼はただひたすらに、己の無力さと喪失感に打ちひしがれていた。
「お前が、スリヴァルディを殺したのか?」
「っ!?」
空気が凍りついたかのような冷たい声が、シグルドの耳に突き刺さる。
顔を上げると、そこには宙に浮かび黒鉄の尾を揺らす女と、白銀を纏った少年の姿があった。
「く、そ……」
立ち上がることすらままならない。焼き焦げた剣を手に取るが、もはやエーテルは尽き、炎すら纏えないことは、自分が一番理解している。
「いや――違うな、これは」
ナユタは炭化したスリヴァルディの亡骸を見下ろしながら呟く。直接命を奪ったのはあの剣士だ。だが、勝敗を決定づけた要因は他にあった。
飛散した部品の中、分解されて崩れた黒鉄の腕に視線を落とし、ナユタはゆっくりと塔の方へと目を向けた。
「っ、あの男、こっち見て――」
「やば、バレた」
冷たい殺意を孕んだ視線がこちらに注がれている。それを察したヒルダたちは、無意識に息を呑む。
「アリシア……あれだけは処理しておくか――」
ナユタが掌を塔へ向け、“処理”を始めようとした、その瞬間。
視界を遮るように、巨大な城壁のような障壁が勢いよくせり上がり、ナユタたちを包囲する。
「シグレさん、今です!」
「うん。最大出力――《ファイア》」
凛とした声が響き、続けざまに光の奔流が放たれる。三重の壁に向かって照射されたその一撃は、砲撃というにはあまりにも巨大だった。
「なん、だ……!!」
城壁越しにもかかわらず、衝撃で顔を庇うシグルド。風圧だけで目を開けるのも辛い。二重、三重と積み上げられた障壁のうち、二つがその余波だけで崩壊していた。
「っ……申し訳ありません、坊っちゃま……。次は、厳しいかと」
「――“魔女”」
攻撃の中心にいたナユタたち。だが、黒鉄の尾が展開し、見えない防御壁のように二人を包んでいた。
しかし――負荷は大きかった。尾はバチバチと火花を散らし、限界が近いことを示している。
「ヴァルハラの魔女――シグレ、か」
「あれが……シグレ……!」
砲撃が収まり、最後の壁が崩れ落ちる。瓦礫の先、ナユタが視線を向けたその場所に――黒のワンピース、巨大な傘、そして魔女帽。まさに“魔女”のような姿をした、二メートルはあろうかという巨躯の女性が浮かんでいた。
「あなたが……ぼくたちの“家”を、こんなふうに壊したの?」
「――そうだと言ったら?」
「許さない」
シグレはナユタを見下ろし、長杖のようなマギアを向ける。ナユタの挑発めいた返答に、砲口が再び光を帯び――
「スカジ」
「はぁい! ナユタを攻撃しちゃダメぇ!!」
「……!」
ナユタが名を呼ぶと同時に、宙へと跳躍したスカジが、シグレへと黒鉄の脚で蹴りを放つ。
爆発が撒き散らされる中、シグレの砲撃が空を穿つ。第一発、第二発、そして第三発――発射と同時にカートリッジが排出され、マギアの砲身が縦に開いて赤熱した砲身が露出する。
「では、オレたちは失礼させてもらう」
「じゃあねぇ!」
「っ、お待ちなさい!!」
スカジが砲撃の隙をついて妨害している間に、ナユタは裏門へと撤退を開始する。
追撃を阻もうと、凛とした声の女性――トゥーナが再び壁を築くが、スカジは脚を突き刺してそのまま駆け上がり、壁を跳び越えて姿を消した。
ーーーーーーーーーー
「状況はっ!」
「隊長、アルフォンスさん!」
「トゥーナ……! それに、シグレも戻ってきてたんだね」
「申し訳ありません。私たちの帰還が遅れたばかりに……このような惨状に……」
「トゥーナさん、貴女が気に病む必要はありません。この天才が……もう少しセレン隊長の援護を速やかに行えていれば、被害を抑えることができたかもしれない……ですが、後悔は先には立たないのです」
少し遅れて到着したセレンとアルフォンス。そこには、凛とした声で報告を行うトゥーナと、傘を手にした大柄な女性――シグレが立っていた。
自責の念に駆られているのか、アルフォンスの声はいつもより小さく、沈んでいた。
そこへ、さらに駆けつけてきたデシルとフィオレッタ。
「シグルドさ――……っ!! し、シルラちゃん……?」
視線の先で、二人が目にしたのは、焦げついた戦場に立ち尽くすシグルドと、血溜まりの中で動かぬシルラの姿だった。
「うそ……うそ、なんで……どうして、シルラちゃんが……!」
力なく歩み寄ったフィオレッタは、あまりに残酷な現実を前に崩れ落ち、嗚咽を漏らす。しゃがみ込み、シルラの傍で肩を震わせながら、涙を流し続けた。
「っ!」
そのすぐ横で、デシルは虚ろな目で地面を見つめるシグルドの元へ駆け寄ると、勢いのまま襟首を掴み上げる。
「デシル!? 何を――!」
思わず声を上げたセレンだったが、デシルが発した言葉に、止めようとした手が空中で止まる。
「俺は……っ!」
喉の奥から絞り出すような声。
「俺は……敵も倒せず……仲間も、シルラも……死なせて……! 何が……何が“足だけは自信がある”……だよ……っ!」
感情の起伏が乏しかったはずのデシルが、今はまるで別人のようだった。声を荒げ、悔しさに満ちた目でシグルドを睨む。
「間に合ってねぇじゃねぇかよ……!」
「っ……デシル……」
その手は震え、力なくシグルドの襟から滑り落ちる。そしてデシル自身も崩れるように膝をついた。
その言葉を、痛みと共に胸の奥へ突き立てられるように受け止めたシグルドは――握った剣に力を込める。
血が滲むほどに。
ーーーーーーーーーー
「戦後処理の最中に悪いね。ちょっと邪魔させてもらうよ」
「……ヨシノ博士」
瓦礫と煙に包まれた現場。悲しみの空気が漂う中、ヨシノ博士がヒルダを伴って姿を現した。
「……っ! シグルド!」
「ヒルダ……」
合流したヒルダは、傷だらけのシグルドを見つけた瞬間、不安と安堵、さまざまな感情を滲ませた表情で駆け寄ってくる。
「ヒルダ……悪い、俺は……」
シルラを死なせてしまった。その罪悪感から、シグルドはヒルダの顔を正面から見られず、目を逸らす。だが――
ヒルダはその腕で、迷いなくシグルドを抱きしめた。
「ヒル、ダ……?」
「私……見てたの。あの子が、あなたのところに走っていって……刺されるところまで、全部……っ」
小さく震える声で言葉を紡ぎながら、ヒルダはぎゅっとシグルドにしがみつく。
「もし私が、もう少し早く撃てていたら……あいつの腕を……私の、せいで……!」
その目からこぼれた涙は、止まることなく頬を伝い落ちていく。本心を隠すように飄々としていたヒルダが、感情を抑えきれずに――悔しさを吐き出す。
「……お前と、シルラのおかげで……俺は、生き残った」
シグルドは静かに言葉を返しながら、彼女の頭を胸元に引き寄せ、そっと撫でる。
「後悔はしてる……もっと強ければ、あいつの挑発に乗らず、仲間を待っていれば……そんな“もしも”ばかりが、頭の中を巡って離れない」
無視していれば、建物の被害は広がっていたかもしれない。けれど、シルラは死なずに済んだかもしれない――
答えのない“選ばなかった未来”が、苦い痛みとともに胸を締め付けていた。
「お二人さん、話してるとこ悪いけど、いいかな?」
「……あんたは」
「博士……」
セレンと短く会話を交わし終えたヨシノ博士が、二人のもとに歩み寄ってきた。
「悪いね、私はこういう空気に慣れすぎちゃってるもんで。君たちに話がある」
「話……?」
「――ずいぶんマギアの使い方が荒いな、君は。まあ、それは置いといて。ついてきて」
焼け焦げ、ひび割れた剣をちらりと見て、呆れ混じりに呟くヨシノ博士。
そのままくるりと背を向けると、迷いなく歩き始めた。促されるように、シグルドたちもそのあとを追う。
「あの、どこに……?」
「なに、君たちに“ある話”を聞いてもらおうと思ってね」
「ある話……?」
辿り着いたのは、塔の基部にあるエレベーター。ヨシノ博士は無言で最上階のボタンを押す。
「この世界について――教皇さま自らに語ってもらおうかと思ってね」
「この世界について……」
その言葉に、シグルドは目を見開く。
隣に立つヒルダは、そっと胸元を握りしめ、小さく呟いた。
「……お父様――」
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