第十九話 落涙
デシルたちがレーヴァテインの幹部、スカジと交戦していた頃。
シグルドとシルラは、もう一人の幹部――スリヴァルディと対峙していた。
「また会ったなァ、炎の剣士さんよ! ったく、お前ら結局名乗ってくれなかったから名前がわかんねぇじゃねぇか」
「……」
シグルドの炎剣によって真っ二つに断たれた重機関銃は、内部の残弾が誘爆し、パチパチと破裂音を立てながら爆ぜていく。
「シグルドさん……!」
「その子を連れて逃げろ、シルラ!」
「っ――は、はいっ!」
シグルドの声に応じ、シルラは子供を抱えてその場を後にする。
「シグルドっていうのか、お前? これでやっとお互い名前を知れたなァ、シグルド!」
「お前なんかに気安く名前を呼ばれたくはない!」
剣のトリガーを引き、刃に赤炎を纏わせながら睨みつける。
子供を庇ったシルラを手にかけようとした――それだけで、この男の腐りきった性根は理解できた。
「おいおい、そんな嫌うなって! 俺はお前も……あのキザな兄ちゃんも気に入ってんだぜ? ひょろっちい剣一本でこの俺から逃げ切った! 言われた通りに戦って死ぬだけのクソみてぇな兵士じゃねぇ、お前らは戦いに生きる“戦士”だってなァ!」
「……なんだと?」
「リスペクトってやつよ! その証拠に、ナユタに頼んで剣を作ってもらったんだ! どうだ、イカすデザインだろ? 敵をグッチャグチャにしてやるっていう――殺意の形だ!」
黒鉄の両腕に握られた二振の剣を誇らしげに掲げながら、スリヴァルディは口を歪めて嗤う。
「……お前は、ただの狂人だ」
「決めつけは良くねぇなァ!」
振り上げたシグルドの剣から斬撃が走る。だがスリヴァルディは、「はっ!」と気合じみた一声をあげて剣を振り抜き、それを空気ごと叩き払った。
「さっきのアレ、使ってこいよ」
「……」
シルラを守るために使用した《フレイムコート》。あの一瞬の起動だけで、残っていた予備カートリッジの一つがすでに空になっていた。
「出し惜しみか? ここはお前のホームだろ? それとも仲間が来るのを待ってんのかァ?」
「……俺より強いやつが、ここにはたくさんいる。俺の仕事は――お前を足止めすることだ」
アルフォンス、セレン、デシル、フィオレッタ――シグルドの脳裏に確かな実力を持つ仲間たちの姿がよぎる。
彼らを信じるからこそ、自分は「独りで倒す」ではなく、「確実に足止めする」。それが今の戦い方だ。
「そうか、よォ!!」
「っ!」
「なら俺も好き勝手にやらせてもらうぜェ! この生ぬるい火を踏み越えて、さっきの嬢ちゃんでもくびり殺しに行くとするかァ!」
「……させるかよ!」
怒りを込めて踏み込むシグルドに対し、スリヴァルディは剣を大きく振り上げ、地面へと叩きつける。
次の瞬間、黒鉄の剣から噴き上がる蒸気とともに、衝撃波のような熱圧が前方へ走る。
シグルドは咄嗟に跳び退き、ギリギリの距離でそれを回避する。
「言葉だけじゃ実行力に欠けるってもんだァ! ごちゃごちゃ御託並べてんじゃねぇ――出せよ、“本気”をよォ!」
「……クソが」
スリヴァルディは冷たい視線を向けながら、まったく別の方向へ剣を振る。
次の瞬間、数十メートル先にあった監視塔のひとつが、無造作に斬られ、ゆっくりと音を立てて崩れ落ちていく。
――もしこのまま時間稼ぎを続ければ、あのように無差別に破壊するぞ。
そう言わんばかりの、威嚇の一撃だった。
「やるからには――お前を倒す」
「いいぜェ、来いよォッ!」
「《フレイムコート》……出し惜しみは無しだ。行くぞ!」
最後の予備カートリッジを装填する。
これで本当に、残された戦闘時間は“約五分”。
文字通り、身を焦がすような高熱が両腕と両脚に走り、赤炎がシグルドの肉体を包み込む。
――全力で、叩き斬る。
「ッ……良い重さだァ……!」
「受け止め、やがっただと……!」
最大加速を使い、腕のブースターから炎を噴射して勢いを乗せた渾身の一撃。
その斬撃はスリヴァルディの剣に叩きつけられた瞬間、地面にまで衝撃が伝わり、足元にひび割れが走る。
だが、それでも――スリヴァルディはその剣圧を真正面から受け止めた。
「そらァよッ!」
「っ、はああぁぁッ!」
反撃の一振り。
スリヴァルディが巨体から繰り出す重い剣が、風を裂いて唸る。
その風圧だけで吹き飛ばされそうになるが、シグルドは即座に姿勢制御。
四肢の噴射を細かく制御し、浮かされる瞬間すら無駄にせず、反撃へと転じる。
灼けつく炎と炎が、互いの剣から放たれた圧と衝撃のなかでぶつかり合い、音を立てて空気を裂く――。
ーーーーーーーーーー
「ああっ、シルラちゃん! この子も一緒に……は、はやく避難しましょう!?」
避難壕まで子供を連れてたどり着いたシルラに、同じ施設で働く中年の女性が安堵と焦りの入り混じった表情で駆け寄る。
だがシルラは応じることなく、崩れ落ちた監視塔の方を見つめ――ぎゅっと、胸元を強く握りしめた。
「私は……助けたい人を、助けに行きますっ!」
「シルラちゃん!? 待って! シルラちゃん、戻りなさいっ!」
「あぶないよ、おばさんっ!」
必死に手を伸ばす女性の声も、子供の叫びも届かない。
シルラは振り返らずに走り出す。迷いもためらいもなく、その背は――燃え盛る風景の中へと消えていった。
ーーーーーーーーーー
(――熱い)
「っはァ! 良いぜ、前よりもやりごたえがある! 良いぜシグルドォ!!」
(視界が歪む、脚の感覚も――)
何度もスリヴァルディと斬り結び、火花を巻き上げるように剣を振るい続けるシグルド。
一瞬でも気を抜けば、怯めば死ぬ。
《フレイムコート》による瞬間的な推力。それがなければ、とっくに何度も殺されていた。
――間違いなく、この男は強い。今の自分よりも。
「はっ! なんだァ? もう終わりかよ、今にも意識が飛びそうじゃねぇか」
「はぁ……はァ――」
纏った炎が体温を奪い、思考を鈍らせる。頭がぼんやりと熱に包まれ、視界は揺れ、世界が歪む。平衡感覚すら崩れそうな中、シグルドは力無く剣を構える。
「もうちょっと楽しませてくれよ、せめてあのキザな兄ちゃんとかが来るまでよォ――」
「っ……く、ぅ……!」
スリヴァルディの大剣が大きく振りかぶられる。反応が遅れ、風圧だけでシグルドの身体が投げ出される。フレイムコートはすでに消えており、立ち上がるのがやっとの状態だ。
一歩、また一歩と近づいてくるスリヴァルディ。その殺意を孕んだ足音だけが、妙に鮮明に響いた。
「つまんねぇ幕引きだが、さァ、終わりだ! 臓物ぶち撒けて死になァ!!」
「っ……!」
「シグルドさん――」
「――え……?」
意識が遠のく中で、その声だけがはっきりと届いた。
そしてその瞬間。自分に向かって振り下ろされる凶刃の前に、誰かが――割って入った。
「っぐ……ぅ! ぁ、かふっ……!」
「――あ? なんだァ? さっき逃げた嬢ちゃんじゃねェかよ」
「な、なんで……お前」
「よか、った……まに……あって」
その姿は、シルラだった。
シグルドを庇うようにしてスリヴァルディの前に立ちはだかり、剣をその身に受けていた。
背中から突き立てられた剣が、腹を貫き、血が噴き出す。それでも彼女は、弱々しく、けれど確かに笑おうとしていた。
「ったく、よえぇ癖に男同士の戦いを邪魔すんじゃねぇよ、このまま真っ二つに引き裂い————っォ!?」
邪魔が入ったことに対する苛立ちを込めて、シルラをそのまま引き裂こうと踏み込んだ――その瞬間。
――ずるり、とスリヴァルディの足元が滑った。
「何故だ?」とスリヴァルディは足元へ視線を落とす。足元には血……確かにこの少女からは血が出ている。しかしこんなに広がるはずは————
「水――――」
「っ! うおおぉぉッッ!!」
シルラの掌から滴っていたのは、水だった。それは腹部からこぼれ落ちる血と混じり合い、スリヴァルディの足元にまで滑りを伴った水溜まりとなって広がっていた。
足を取られ、バランスを崩したスリヴァルディ。その隙を逃すまいと、シグルドは膝をついて限界を迎えつつある身体を支え、首元を狙って剣を突き立てようとする――が。
「ッは! 俺がやられるか……って、な、に……?」
三つ目の腕で身体を支え、向かってくるシグルドを蹴り飛ばしてやる。そう思ったスリヴァルディは、体重を背後へと預けるようにして腕を地面へ突き立て――
その瞬間。
「当たった……!」
「良くやった、練習の成果が出たね」
裏門から遥か彼方、ヴァルハラへと続く塔の中腹から放たれた、正確無比な狙撃弾。それはスリヴァルディの三つ目の腕を正確に撃ち抜いていた。
放ったのはヒルダ。彼女が撃ち込んだのは“回帰”の弾丸。着弾範囲内の機械構造を即座に分解する、アリシア・ヨシノ博士が開発した最新型の特殊弾だった。
「っ! クソがあぁぁ――――!!」
「つぁああああァァ!!」
頼みの支えを失ったスリヴァルディは、抗う間もなく体勢を崩す。そのままシグルドの剣が、彼の首元へと深々と突き刺さった。
「燃えろ、燃えろォッ!!」
「ぐぎ、ご……ァァァァッ!!」
突き立てた剣を押し込んだまま、シグルドはその場にのしかかるようにスリヴァルディの上へと覆いかぶさる。無心でトリガーを引き続け、ありったけの炎を敵の身体に送り込み続けた。
カシャン、カチッ
「お前が……お前なんかが!」
カシャン、カチッ
「シルラを……ッ!!」
カシャン、カチッ
三つのカートリッジがすべて排出されるまで、シグルドはただひたすらに燃やし続けた。その怒りの炎は、スリヴァルディの肉体を炭化させるまでに達し――ようやく、戦いは終わった。
「はぁ、は……シルラ――――」
足元は黒く焦げつき、サポーターすら焼き切れ、煙を上げていた。燃え尽きたような身体で、シグルドは剣を引きずるようにしながら、すぐそばに投げ出されたシルラの元へと駆け寄る。
「おい……シルラっ、お前……!」
「シグルド……さん……?」
力なく横たわるシルラ。その瞳に、もはや光は宿っていなかった。それでも彼女は、かすれた声でシグルドの名を呼ぶ。
「私……また……シグルドさんに……“もうするな”って……言われたのに……」
「っ……く、ぅ……お前が……お前が死ぬことなんて、なかったんだ……!」
「ダメ……ですね……ほんとうに……私、ダメな……子で……」
ここへ落ちてきたあのとき、彼女はまたもシグルドを庇って傷を負った。その行為を咎められたことを思い出してか、彼女は静かに、悔いるように呟いた。
「シルラ……? なあ、シルラ……!」
呼びかけに応じる声は、もう返ってこなかった。
「っ、ぅ……ぅあ……あああぁぁぁっ!!」
震える手で、彼女の手を握る。それでもそのぬくもりは、指の隙間からこぼれるように遠ざかっていく。
一つ、二つと涙をこぼしながら、シグルドの嗚咽だけが静かに、瓦礫と炎に包まれた夜に響いた。
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