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ヴァルハラの地平は遥か底に 〜赤炎纏し青年は世界の端を目指す〜  作者: you-re


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第十六話 赤炎VS蒼電

 翌日。シグルドとデシルは模擬戦場で対峙していた。



「準備はいいか」


「いつでもどうぞっす」


 剣を構えるシグルドと、槍を手にするデシル。互いににらみ合いながら、数十秒の静寂ののち——先に動いたのはシグルドだった。



「《フレイムレイヴ》!」


 トリガーを引くと同時に、炎が剣にまとわりつく。シグルドはそのまま一閃、斬撃と共に炎の奔流を飛ばした。


 魔術を扱う際、重要なのは“イメージの確立”である。強いイメージこそが、魔術の形と効果を安定させる。


 その補助手段として、詠唱や技名を口にする行為がある。とくに習得済みの魔術であれば、名前を呼ぶだけでも直感的に発動のイメージを明確化できるのだ。



「……へぇ。飛び道具まで使えるようになったんすね」


 蒼の残光を描いて戦場を駆けるデシルは、軽やかに斬撃を回避しながら、肩に槍を担ぐ。



「まあな。でも……さすがに当たらねぇか」


 着弾点に目をやるデシルは、感心したように小さく頷いていた。



「じゃ、今度はこっちから―――」


「っ!」


 デシルが槍を構え直し、腰を深く落とす。次の瞬間、稲妻のようなスピードで間合いを詰めてきた。


 シグルドは咄嗟に反射神経だけでそれを受け止める。だがそれで終わらない。間を置かずに連続して繰り出される突き。シグルドは紙一重の距離でそれをなんとか捌き続けた。



「反射神経、いいっすね! 生まれつきのセンスってやつっすか!」


「そうかも、なっ!」


 防御に徹していたシグルドだったが、一瞬の隙を見て反撃に転じる。剣を振り抜くが、その軌道はデシルにとっては遅すぎた。一閃した剣が捉えたのは、彼の姿ではなく、疾風のような蒼い残像だけ。


 そして再び、両者の距離が開く。



「……まずは、あの高速移動をどうにかしないとな」


「どうにかできるんすか?」


「どうにかするんだよ! 《フレイムウォール》!」


 頬をかすめた槍の傷から、血が一筋。シグルドはそれを手の甲で拭いながら、咄嗟に策を講じる。彼が選んだのは、火の壁による視界と進路の制限だった。瞬く間に炎の柱が何本も立ち上がる。


 だが———



「……普段、誰とコンビ組んでると思ってるんすか」


「っ、あ―――!」


 燃え上がる炎の障害物。それは普段からフィオレッタと連携して戦っているデシルにとって、もはや“通り道”でしかなかった。


 難なくすり抜けて接近したデシルの槍が、シグルドの肩を鋭く掠める。


 同時に、強くトリガーを引いたシグルドの剣からは、勢いよく灼熱の炎が噴き上がった。



「あちち……とはいえ、火傷しそうになるんで、やっぱ炎ってのは強いっすね」


「お褒めに預かり光栄だ、ねっ!」


「でも、当たらないっすよ」


 デシルは軽く身を翻して距離を取る。少し焦げた服の端を軽く叩きながら、シグルドが繰り出す炎の斬撃を、流れるような動きで回避していく。



(……今だ!)


「っ!?」


「お……らぁっ!!」


 読み通りだった。


 あの俊敏な動きも、完全無欠ではない。いかに速くとも、今のところ“直角に曲がったことが一度もない”――つまり、進行方向の予測ができるということだ。


 あらかじめ設置された炎の柱。その間を縫うように通り抜けようとした瞬間、シグルドは狙って新たな炎を出現させる。その直前のタイミングで、デシルの動きがわずかに鈍った。



「弱点……見つけた……!」


 シグルドの剣が勢いよく振り下ろされ、鍔迫り合いとなる。


「目が怖いっすよ……でも―――」


 デシルはにやりと笑うと、受け止めた槍をするりと引いて剣の力を受け流す。そして反動をつけるように、シグルドの脇をすり抜ける。



「くっ!」


 すかさず振り払った横薙ぎの剣――しかし、それが捉えたのはすでに通り過ぎた後の“蒼電”の残光だけだった。


カシャン、カラン


 シグルドの剣から、空になったカートリッジが排出され、乾いた音を立てて足元に転がる。



「トドメを取られなきゃ、負けじゃないっすよ」


「……そうだな」


 ただの高速移動――しかし、それをこちらの反応限界ギリギリで繰り返されるのは、想像以上に神経を削られる。  シグルドは構えを一度解き、深く息を吐いた。



「ん? 降参っすか?」


「馬鹿言え。ぶっつけ本番だからな、ちょっと覚悟決めてただけだ」


「へぇ、何を――」


 ――勇士は、炎を纏う。


 その瞬間、シグルドの両腕と脚部のサポーターから赤い炎が噴き上がった。  それは剣のみに宿っていた炎ではない。全身に纏わせた熱が、衣のように揺らめき、風にたなびく外套のように背を流れる。



「それは……」


「”フレイムコート”」


 シグルドが名を口にしながら前に出る。全身から立ち昇る炎は、もはや攻撃の一部というより、存在そのものが武器であるかのようだ。



「お前を最初に見た時に使ってた、雷を纏ったあの動き。セレンとの戦いで使った、炎の出力を活かした飛翔。そして、あの教会跡で出会った剣士が使ってた、爆発する剣――この三つから着想を得た。俺なりに組み上げた新しい技だ」


「へぇ……! かっこいいじゃないっすか」


 デシルが一歩引き、素直に称賛する。


 炎を纏い、剣を構えるシグルド。その姿から立ち上る熱気と威圧感に、思わず息を呑む。模擬戦とはいえ、その雰囲気には冗談も軽口も挟めない――そんな空気が漂っていた。



「っ、はや―――!」


「らぁっ!」


 脚部サポーターから勢いよく噴き出す炎。その推進力を活かし、シグルドがまさに“爆発的加速”で突っ込む。  予想以上の接近スピードに、デシルは避けることを諦め、槍で受け止めに出る。



「ぐっ――!」


 直撃。受け止めた衝撃に仰け反り、地面を滑るように後退させられる。



「はああぁっ!」


 続けざまに振り下ろされる二撃目――



「けど、相変わらず振りは遅いっすね!」


 デシルは寸前で身を翻し、高速移動でその斬撃をかわす。



「っと、だから同じ手は効かないって――」


 言いかけたその瞬間、視界の先に炎が立ち上る。避けた先、通路の出口に現れた“炎の柱”。



「――っ!」


 反応して立ち止まる。だが、その次の瞬間には。



「俺の、勝ちだ」


 背後から響いた声に、デシルの動きが止まる。気づけば、シグルドの剣が、首筋にぴたりと添えられていた。



「……腕の炎で、振りを加速っすか」


「あぁ。最初の一撃は“いつも通り”を演出するための囮だった。本命は、高速移動を止めた――この一瞬だ」


 脚部のサポーターで生まれた加速と同様に、腕のサポーターによって斬撃そのものに加速を与える。


 通常ならば動作が大きくなりすぎて通用しないはずだったシグルドの一振りが、あの瞬間だけはデシルの予測を超えていた。


 加速を纏った剣。消耗とリスクはあるが、それが決定打となる――十分すぎる一撃だった。



「……参ったっす」


 苦笑交じりに、デシルは素直に負けを認める。


 こうして、模擬戦はシグルドの勝利で幕を下ろした。



ーーーーーーーーーー



「いやー、負けた負けた。新人さんには負けないつもりだったんすけどねぇ」


 模擬戦を終えたあと、シグルド、デシル、そして観戦していたフィオレッタの三人は、食堂の椅子に腰を下ろし、いつものようにくつろいでいた。



「放電使わなかったり、縛りプレイするからー」


「いやいや、無差別範囲攻撃なんて使ったら、流石に反則っすよ」


「あー……確かに、それやられてたら俺に勝ち目はなかったな」


「手合わせなんすから、そっちだってフィールドごと燃やして足場を潰すくらいすればいいんすよ」


「いや、俺の場合それやると、俺も一緒に焼け死ぬからな……」


 口を尖らせるフィオレッタと、肩をすくめるシグルド。 炎を操れるからといって耐性があるわけではない。熱は熱である。



「じゃあさ、あれ。最後の、炎纏うやつ。あれって危なくないっすか?」


「あぁ、あれな。工房に頼んで、熱に強くて遮熱性の高い素材で作ってもらった。……それでも、限界はある。長くても数分が限界だな」


「時間制限付きかぁ……使いどころ、ちゃんと見極めないとっすね」


「加速も、ぶっちゃけただ吹っ飛んでるだけだからな。まだ細かいコントロールは感覚掴めてない。課題は山積みだ」


 そう言って、シグルドは腕に装着されたサポーターをじっと見つめる。 模擬戦で得られたものは大きいが、同時に見えてきた弱点や改良点も少なくない。 だが――それがまた、彼の戦いへの意欲を刺激しているようだった。



「まぁでも、高速移動に関してなら、俺もいろいろ教えられると思うっすよ。足の速さには自信ありますから」


「頼りにしてるよ」


 シグルドが素直に感謝の言葉を返すと、デシルは少し照れくさそうに肩をすくめる。



「私はそうですねぇ……うーん、炎の柱の使い方、とか?」


「串刺しじゃなくて、火炙りっすか」


「だから、そういう使い方はしないってば!」


 いつもの軽口とツッコミが飛び交う、変わらないやり取り。気負わない関係性が心地よく、シグルドも自然と笑みをこぼす。


 その後、3人はそれぞれの行動へ移ることにした。デシルとフィオレッタは、今日門番を担当している仲間たちに顔を出しに行くとのこと。シグルドは特に用事もなく、歩きながらこれから何をしようかと考え始めていた――




 ——突如、轟音が辺りに響き渡った。


 旧都側に設置された重厚な門が、爆発によって無理やりこじ開けられる。鉄の扉はねじ曲がり、融解した金属が滴るその穴から、姿を現したのは人間とは言い難い異形たちだった。


 赤と黒の装束をまとい、灰色、黒、そして白の機械を身体に埋め込んだ混ざり物。人でありながら人でなく、機械でありながら機械とも言い切れない、不気味な存在。


「……レーヴァテイン……!!」


 シグルドがその名を絞り出す。それは、束の間の平穏が終わりを告げた瞬間だった。


 避けようのない惨劇の幕が、いま音を立てて上がる。



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