第七話「フランベルク卿」
それから2日、旅は何事もなく進んだ。
キャラバンはゆるゆると川沿いを北上して行く。
「ふぁ〜あ。」
ジャンが気の抜けた欠伸をした。
「たるんどるの。」
グスタフが呆れたように言うが、ジャンはどこ吹く風だ。
「たるみもするさぁ。あれから一角兎一匹出てないんだから。あー、どの季節でもキャラバンが出ていれば、俺の仕事も楽なんだけどなぁ。」
「他の季節は出ていないんですか?」
ジャンの台詞を疑問に思い、シエルが訊ねた。
「こうして大人数でキャラバンを組むのは、泥炭船が出るこの季節だけですね。理由は色々とあるのですが……一番の理由は、調整が難しいんです。」
ジャンの代わりにマルコが答える。
「調整が難しい?」
「ええ。例えばそうですね、ここに三組の商人がいるとします。一組は今日にでも発ちたい。もう一組は来週にならないと積荷が揃わない。最後の一組は、商品が全部売れてから出発したい。シエルさん、この三組の予定を調整できますか?」
シエルは少し考えてから答える。
「無理、ですね。」
「その通りです。特に三組目はいつ出発できるかも分かりません。商人同士で調整しようとしたら、とんでもなく大変になる。ところが、泥炭船のキャラバンはいつ出発するかが決まっています。この季節なら、月に六便です。商人達は自分の都合がいい便に予約を入れればいい。」
「考えたやつは天才じゃの。」
グスタフがそう評する。マルコが少しだけ嬉しそうな顔をした。
「そんなわけで、キャラバンはこの時期だけなんです。もっとも、将来的には他の季節にやる商人も出るかもしれませんがね。」
リコが作り上げた仕組みはこんなにも評価されている。そのことに、シエルも誇らしい気持ちになった。
◇
異変が起きたのはベルンシュタインまであと1日のところだった。
「おーい、止まれー!」
前方が騒がしくなる。マルコが険しい顔をしてそちらに向かった。キャラバンは小休止となり、皆が思い思いの場所に腰を下ろした。
「何が起きたのでしょう?」
「さて、なんじゃろうな。」
「旦那。考えるのを放棄してないか?」
「なら、お主は分かるのか?」
「全然。」
ジャンが肩をすくめる。緊張感はないが、これが彼らなりの落ち着き方なのだと、シエルもここ数日で分かってきた。
しばらくして、マルコが戻ってきた。
「皆さんすみません。困ったことになりました。」
「何が起きたのですか?」
皆の疑問を代表してクロードが問う。
「多角獣が出ました。街道を塞いでいます。」
ケラトスは体長4mにも及ぶ、四つ足の魔物だ。頭には3~5本の角が生えており、性格は非常に獰猛。その突進は木造の家屋なら一撃で半壊させるという。
「幸いすぐにこちらを襲ってくる様子はないのですが、街道が通れません。馬車や馬だけなら迂回もできますが、泥炭船を引くには街道しかなく……。」
「盲点じゃったな」
魔物避けのために泥炭船に同行したのが裏目に出た形だ。
「それで、どうするんですか?」
「しばらく様子を見て、動かなそうなら護衛隊で追い立てようかと……。」
だが、できればそれはしたくないというのが、マルコの口調から伝わってきた。追い立てる方向を間違えれば大惨事になる。
「長期戦になりそうじゃの。」
グスタフがそう言った。だが、それをリリーが否定した。
「ううん。たぶん、そんなに時間はかからないと思う。」
「リリー。なんでそう思うんだい?」
「あれよ。」
リリーが川から少し離れた荒野を指差す。
そこには豆粒のような小さな影が一つ、疾走していた。
「あれは、騎馬か?リリーちゃんよく気づいたな。」
「目はいいの。だからはっきり見えるわ。黒い鎧が。」
「漆黒騎士団か!」
ジャンが叫ぶ。シエルが話について行けず首を傾げた。
「魔物討伐を専任としている騎士団です。もっともこの季節は招集を解かれて各領地に戻っているはずですが……北部に残っているとしたら。」
「フランベルク卿じゃろう。」
グスタフが少し震える声で言った。
「有名な方なんですか?」
シエルが問うと、ジャンとグスタフが顔を見合わせた。
「化け物だよ。魔物が可愛く見える。」
「漆黒騎士団でも五本の指に入る腕という話じゃ。」
その声には畏怖の響きがあった。
「リリーちゃんのいう通りだ。あれがフランベルク卿だとしたら、出発できるようになるまで、半刻もかからないぜ。」
ジャンが断言するようにそう言った。
その言葉の通り、半刻後にキャラバンは、再びベルンシュタインの街へと出発した。
街道の横には、角を落とされ、全身を無数に切り刻まれたケラトスの巨体が静かに横たわっていた。




