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黒髪メイドは裏切らない【第一部完結】  作者: きのつかさ
第一部「フランベルク編」
2/23

第二話「荷造り」

 自室に戻ったシエルはすぐに荷造りを始めた。

 とはいっても持っていけるものは多くはない。数着の私服に下着。防寒用の外套。愛用の櫛と髪を結ぶリボン。あとは、髪染めや裁縫道具に紙とペンといった小物。僅かな路銀。これらを母の形見である旅行鞄に詰めていく。

 そして、最後にベッドの上にはメイド服が残った。

 肩口にラフォンテーヌ家の刺繍が施されている。長年シエルの身を包んできたものだ。

 本来なら、これはラフォンテーヌ家にお返しするべきなのかもしれない。だがこのメイド服を手放せば、この屋敷で過ごしたすべてが消えてしまう気がした。それは、少しだけ耐えられなかった。シエルは旅行鞄から裁縫道具をとりだすと、布を傷めないように丁寧に刺繍をほどき始めた。

 部屋に糸をほどく音だけが響く。

 しばしの後、生まれたのは、どこの家のものでもないメイド服であった。


挿絵(By みてみん)


「一着だけ。頂いていきます。」


 そういって頭を下げると、シエルは旅行鞄にそれを詰めた。

 これで準備は完了した。完了してしまった。

 21年間の荷物はずいぶんと小さくまとまった。こんなものなのか。あまりの呆気なさに、思考がまとまらない。ただ、時間だけがすぎていく。やがて、扉がノックされた。どうぞ、と返事をする。


「シエル!」


 入ってきたのは同僚のリネットだった。リスのように動く小柄な身体と、愛らしい栗色の髪。その目には涙が浮かんでいた。リネットはそのままシエルに抱きついてくる。その後ろには、奥様、エレーヌ・ラフォンテーヌの姿も見えた。シエルは彼女に一礼したが、エレーヌは静かに首を振った。先にリネットを、とその目が言っていた。


「なんで、シエルが出ていかないといけないの……こんなのおかしいよ。」


 エレーヌの前だというのに、リネットが泣きながらそう言う。

 彼女はいつだってそうだ。思ったことをそのまま口にする 。メイドとしては褒められたことではないかもしれないが、そんなリネットのことを、シエルは好ましく思っていた。自分のために泣いてくれる人がいる。そのことに、少し救われた気がした。リネットの髪をあやすように撫でる。


「仕方がないことなんです。モンフォール家の御意向ですから。たかがメイド1人のために、お家を危険に晒すわけにはいきません。」


「でも、でも……」


 リネットが泣きじゃくる。


「リネット。私が辞めた後、テオを助けてもらえますか?彼は読み書きも算術も苦手です。怖く見えるかもしれませんが、根はとてもいい人ですから。」


「うん。ひっく……がんばる。」

 

「お願いしますね。」


 シエルはそういってリネットに笑いかける。彼女は何度も頷きながらシエルから離れた。

 それを見て、エレーヌに一礼する。


「奥様。長い間、大変お世話になりました。お暇を頂くことになりましたが、この屋敷で学ばせて頂いたことは決して忘れません。本当に、ありがとうございました。」


「シエル。貴女って人は……本当に、イリスにそっくりね。」


 エレーヌが目を細めて笑う。今にも泣きだしそうだ。


「母はいつも言っていました。私たちが生きていられるのは、ラフォンテーヌ家のおかげだと。だからいつも……」


『忠義を胸に持ちなさい』


 シエルとエレーヌの声が重なった。

 そのまま笑い合う。

 

(私は本当にこの家でよくしてもらった。)


 エレーヌの笑顔が一瞬イリスと重なってみえた。

 

「シエル。二つお願いがあります。一つは、これを受け取って。」


 革袋が差し出される。中を開けると銀貨が入っていた。ずっしりと重い。


「こんなに、受け取れません。」


「そう言うと思ったから、お願いなのよ。」


 また熱いものがこみ上げてくる。これを断っては奥様に恥をかかせる。

 それに、正直に言えばありがたかった。これからは一人で生きていかないといけないのだ。路銀はいくらあっても困らない。


「そして、もう一つのお願い。私も、抱きしめさせてもらっていいかしら?」


 その言葉に、シエルはもちろんですと頷いた。

 少しだけためらって、その身体に腕を回す。 背丈はシエルの方が少し高い。

 エレーヌはずっと威厳に溢れた立派な奥様だった。だが、その身体は驚くほど軽かった。


「シエル。アルマンのことを許してあげて。彼も本意ではないの。」


「分かっています。奥様。」


 声が震えるのが分かった。これ以上は涙を我慢できそうにない。


 その時だった。どすどすと、廊下を踏み鳴らす音が聞こえたのは。

 足音はシエルの部屋の前で止まり、バタンと扉が激しく開かれた。


「どういうことだ、シエル!!」


 野太い声が、シエルの小さな部屋に響き渡った。


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