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黒髪メイドは裏切らない【第一部完結】  作者: きのつかさ
第一部「フランベルク編」
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第一話「解雇」

挿絵(By みてみん)

 「申し訳ないが、おまえを今日で解雇する。」


 その言葉を聞いた時、シエルは何を言われたのかが理解できなかった。

 シエルはラフォンテーヌ伯爵家のメイドである。使用人の娘として生まれ、13歳からメイドとなりもう8年になる。この屋敷はシエルの世界のすべてであり、唯一の居場所だった。

 だからシエルは、思わず当主のアルマンに聞き返した。


「解雇……で、ございますか?」


 率直に言って心当たりがなかった。もちろんシエルも自分が完璧なメイドであるとは思っていない。昔は未熟なところも多かったし、辛く当たられていた時期もあった。だが、少なくともこの2、3年は大きな失敗をしたことはなかったし、実直と言われるその性格は皆に認められていたはずだ。それなのに、なぜ?


 戸惑うシエルを、アルマンは机の上で両手を組んで見つめていた。アルマンは今年で五十を迎える。昔は鮮やかだった金髪も今ではほとんど灰色に染まり、その顔には深い皺が刻まれている。シエルにとってアルマンはいつだって「威厳と自信に溢れた旦那様」だった。だが今のアルマンの顔は、苦渋に歪んでいた。


「モンフォール侯爵家より告発があった。黒髪で眼鏡をかけたメイドが、ご息女の婚約者を先日の宴で誘惑したと言うのだ。」


 ラフォンテーヌ家に黒髪のメイドは何人かいるが、眼鏡をかけた者となると、シエルしかいない。そして「先日の宴」といえば、3日前に開かれた長男エミールの誕生日の宴のことだろう。

 シエルはその時のことを思い出した。シエルの持ち場は厨房で、料理人のテオドールの補佐をしていた。あの日は宴の準備で朝から大忙しだった。買い出しに仕込みにと1日中働きづめで、ようやく手が空いたのは宴も終わりに近づいた夜更けのこと。


(あっ)


 それで思い出した。厨房も落ち着き、あとは片付けを待つだけとなったので、テオから休憩をとるように言われたのだ。そして中庭を通っている時、若い貴族が酔いつぶれて寝ているのを見つけた。

 残暑が厳しいとは言っても、季節はもう秋である。夜はそれなりに冷える。風邪をひかれてはいけないと思い、シエルは貴族を介抱し、肩を貸してベッドのある客室まで案内した。

 もしかしたら、その時のことを誰かに見られていたのかもしれない。たしかに見ようによっては客室に連れ込んでいるようにも見えただろう。だが、シエルは部屋に5分といなかったし、そのことはあの貴族も証言してくれるはずだ。シエルは安堵の息を吐いた。


「旦那様。おそらくそれは誤解です。たしかに中庭で潰れていらっしゃったお客様を介抱しましたが……」


「分かっている!」


 だが、シエルの言い分は、アルマンの声にかき消された。

 シエルは驚いてアルマンを見たが、アルマン自身も声を荒げてしまったことに戸惑っているようだった。

 やがて、ゆっくりと、今度は落ち着いた声でアルマンが続けた。


「分かっている。分かっているのだよシエル。お前はイリスと二代にわたって、このラフォンテーヌ家に仕えてくれた。お前がそんなことをする人間ではないことは、私が誰よりも知っている。だが、すまない。すべてはもう、決まってしまったのだ。モンフォール家はお前の処分を求めている。」


 その声には深い苦悩が感じられた。


(そういえば一昨日、モンフォール家の家令の方が訪ねて来られていた……)


 たぶん、あれが告発だったのだ。

 そして旦那様はこの2日間、私を助けるためにいろいろと動いてくださった。だがそれでも、モンフォール家の怒りは収まらなかった。きっとそういうことなのだろう。

 モンフォール家は侯爵家だ。ラフォンテーヌ家も名家ではあるが、正面から逆らえる相手ではない。


「かしこまりました。期限はいつまででございますか?」


 気がつけば、そんな言葉を口にしていた。アルマンが、少し驚いた顔でこちらを見る。


「本日中に、とのことだ。」


「では、今からお暇を頂く準備に入ります。夕方にはこの屋敷を発たせて頂きます。」


 アルマンが何かを言おうとした。だが、シエルは軽く首を振ってそれを制した。アルマンは自分と母親の恩人だ。21年前、シエルを身ごもり路頭に迷っていた母イリスを助け、この屋敷に住まわせてくれたのは他ならぬアルマンだ。イリスが流行り病で亡くなったあとも、寄る辺のないシエルに、この屋敷で仕事を与えてくれた。大恩ある旦那様をこれ以上困らせてはいけない。ましてや謝罪の言葉など、言わせてはならないのだ。アルマンは黙ったままシエルを見つめた。唇が固く噛み締められていた。それだけで、シエルにはもう十分だった。


「アルマン様。大変お世話になりました。」


 いつもより少しだけ深くお辞儀をして、シエルはアルマンの執務室から退室した。

 その声は、僅かに震えていた。



 扉を閉じると、胸に熱いものがこみ上げてきた。

 この屋敷で生まれ、ずっと懸命に生きてきた。それなのに、身に覚えがないことで解雇され、屋敷を去らなければならない。自分の21年間はいったいなんだったのだろう。

 

 シエルは一つ結びにした黒髪を、きゅっと強く結びなおした。

 今はそんなことを考えている場合ではない。時間はないのだ。


 まずは荷造りだ。テオに厨房の帳簿の話もしなければならない。彼はまだ文字がうまく読めない。引き継ぎは誰に頼もう。やはりリネットか。彼女はメイドだが商家の出だ。読み書きや算術ができる。

 

(やるべきことはたくさんある)


 そして、それは幸せなことだと思った。



はじめまして、新しく物語を始めさせて頂きました。

どうか生真面目で不器用なシエルを見守っていただければ幸いです。

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