第十七話「功績」
「悪いけど、それはできない。」
そう言ったルシアンを、シエルとクロードは呆然と見つめていた。
「ルシアン、どういう意味でしょうか?」
「ルシアン様、貴方なら一人でも狩れるのでは……?」
二人から声があがる。
それに対してルシアンは冷静に答えた。
「理由は3つある。1つはこの時期の多角獣を狩るのは危険が大きいこと。ケラトスの突撃をまともに喰らえば人間は即死する。盾も意味がない。雪が降って足場の悪いこの時期に相手をするのは危険すぎる。」
「それは……。」
たしかに、あの巨体だ。避けそこなえば、それで終わりだろう。
「2つ。ケラトスは大人数で狩る魔物ではない。四方を囲むと、ケラトスの突撃を誰かが避けられなくなる。騎士団では多くても3人。3方から実力者だけで狩っている。討伐隊で挑めば、必ず死者が出る。」
「つまり、犠牲者が出るから、難しいと?」
「ああ。」
「ならば、傭兵隊には危険手当を渡します。財政は圧迫しますが、死んだ人間には報酬を払う必要がなくなる。それで収支は合うはずだ。」
「クロード!」
ルシアンがあまりの返事に声を荒げた。
「ルシアン、最初に言ったはずです。誰をどれだけ、どのように救うのかが統治だと。全員は、救えないんですよ……」
クロードが眼鏡を外した。表情を隠すかのように下を向く。
クロードも苦しいのだ。だけど彼には。命を選別する覚悟があった。だが、それはなんと悲しいことだろう。シエルは見ていられなくなって、視線をそらした。
「すまない、クロード。順番に話そうとした俺が悪かった。理由の3つ目だ。そもそも狩る必要がないんだ。」
「……どういうことですか?」
クロードが顔をあげる。その瞳はかすかに揺れていた。
「見てもらった方が早いと思う。シエル。燭台を持ってきてくれないか、火を灯して。」
「は、はい。」
◇
3人が来たのは、シエルの部屋がある東棟だった。
「シエル。すまないけど、入らせてもらうよ。」
ルシアンが生真面目にそう言う。ルシアンは東棟には無断で入らない。たしかにそう契約で決めたが、それを言い出したのはルシアンだ。シエルに拒否する理由など欠片もなかった。
まだ昼だというのに、灯りを持って、ルシアンが東棟を進む。シエルの部屋の前を通り過ぎて、彼が案内したのは、廊下の一番奥にある部屋だ。たしか倉庫になっていたはずだが……。そういえば、この部屋はまだ掃除をしていなかった。どうしても自分が生活しているあたりは後回しにしてしまう。
だが、ルシアンは気にした様子もなく扉を開けた。中に入ると、奥の床にしゃがみこむ。
「あの、ルシアン様、何を?」
蜘蛛の巣でもあっただろうか?そうシエルが思った時、がたり、と、床板が外された。その下に階段が覗いている。
「地下室です。魔物に襲われた時に、避難するための。」
こんな部屋があったのか。シエルはまったく気がつかなかった。
ルシアンの案内で3人は階段を降りていく。
そこは広い空間だった。本棟の食堂と同じくらいの広さがある。壁には棚が設置されており、様々な道具や、非常食のような物が見えた。もっともいくつかは食べられそうになかったが……。
だが、注目すべきはそこではなかった。一番奥の棚一面に、それは並んでいた。
燭台の蠟燭に、白いそれは照らされていた。太い。シエルの腕どころか足くらいはあるだろう。長さも子供の身長くらいの物から、一番長いものはシエルの身長を超えていた。だが特筆すべきは大きさではなかった。一番驚かされたのは、その数だ。100や200ではきかない。無数の白い角。それが、壁一面に並べられていた。
「……これは?」
絶句しているクロードの代わりに、シエルが尋ねた。
「俺がこの5年間で狩った多角獣の角です。恥ずかしながら俺はフラムの材料が何か知りませんでした。しかし、フランベルク家には「魔物の牙や角は魔道具の元だから大切にするように」という言い伝えがありました。それで、俺が個人的に狩ったものは、ここに保管していたんです。」
「しかし、この量は。」
「クロード。俺は強くなりたかったんだよ。」
ルシアンがそう言った。
「親父が死んで、ますます俺は強くなりたいと思った。フランベルク家を復興させたいってね。それに、母さんはケラトスから俺を守るために死んだんだ。こいつらは母さんの仇だ。だから真っ先に倒し方を学んだ。最初に倒したのは15歳の時だったかな。」
何でもないことのようにルシアンはそう言った。だがそれは、どれだけ過酷で苛烈な道だったのだろうか。努力というにはあまりに危険で、命がけの方法だ。
「なぁ、クロード。これで全員助けられないか?1年に50頭は狩っていたから1000本近くはあると思う。」
「いやはや、これは……。」
クロードは眼鏡をはずして汗を拭いた。
「これだけの量があれば、フラムの相場を例年並みに下げられると思います。ただ、問題が一つ。」
「なんだ?」
「今フラムは高騰しています。これだけの量の角を買う銀貨が、さすがにありません。」
「そんなことか、代金なんていらないさ。それで、みんな助かるんだろう?」
ルシアンがそう言ったが、クロードは首を振った。
「これは、貴方が5年もかけて築いた財産だ。それを買い叩くわけにはいかないですよ。いいですかルシアン?金は力です。銀貨があるかないかで左右される命があることを、貴方だって知っているでしょう?」
「……。」
シエルはニルスの泣き顔を思い出した。
自分が稼いで父ちゃんを助けるんだ。ニルスは懸命にそれを訴えていた。
ルシアンも同じことを考えていたのだろう。
世の中はままならない。だけど、救いの道だって、きっとどこかにあるはずだ。
「あの……」
おずおずとあげた声に、二人が一斉にシエルの方を向いた。その剣幕に一瞬怯みそうになるが、シエルは思い切って言葉を続けた。
「銀貨に換える必要は、ないのではないでしょうか?」
シエルの言葉に二人がえ?と意表を突かれた顔をした。
「クロード様。この角をお渡しする代わりに、フランベルクの民が一冬を越す、泥炭とフラムを頂けないでしょうか?」
「物々交換、という事ですか?でもそれだけでは、価値が釣り合いません。」
「ですので、クロード様には手間をご負担頂きたいのです。」
「手間、ですか?」
クロードが首を傾げる。
「傭兵の方を40人集められたと先ほどおっしゃっていましたよね。その方達に、ケラトスの角の輸送と、あとは、ベルンシュタインからフランベルクへの泥炭の輸送をお願いできませんか?もちろん荷馬車の手配も含めてです。」
「それは……」
クロードの顔に理解の色が広がる。
「それにこの角は、フラムに加工しないといけませんよね。私達には加工できる職人のあても、その先の泥炭商人のあてもありません。それを1から探していては、とても手間です。どれだけの費用がかかるかも分かりません。」
『難しいのは調整なんです。』
マルコの台詞が頭に浮かぶ。
それはつまり、調整の手間ということだ。
手間は価値になる。リコはその手間を売った。シエルはキャラバンの仕組みを、そう理解していた。
「クロード様、お考えください。この角の価値から、それらの手間にかかる費用を引いた時、どれくらいになりますか?それでもまだ、釣り合いませんでしょうか?」
クロードが盛んに指を動かしていた。きっと頭の中で計算しているのだろう。
「しょ、正直に言うならば、まだ少しだけ価値は釣り合っておりません。ルシアンに損をさせることになります。しかし、これくらいならば、銀貨でお支払いしてもいいですし。そうですね、シエルさんの考えを真似させてもらうならば、私どもで価格が安くて日持ちする食料を買付けします。それを泥炭と一緒にフランベルクにお運びします。その代金と、手間を含めれば……釣り合うかと。」
「だ、そうです。ルシアン様。」
ルシアンは呆気にとられた顔をしていた。
シエルに話を振られて、かろうじて頷いた。二人の会話についていくのが精一杯といった様子だ。
「ルシアン。君はすごい人を雇ったのかもしれないぞ。」
そう言って、クロードはルシアンの肩を叩いた。ルシアンは戸惑いながらも、そうだろう、と胸を張った。
「しかし、驚きました。シエルさん貴女の発想は、才能ある商人のそれだ。どうやって、今のを思いつかれたのです?」
頭の中に、銀髪の商人の顔がよぎる。
「お世話になった商人に、教えてもらいました。」
そう言ってシエルが微笑むと、ルシアンとクロードは、一瞬固まったあと、何故か、照れたかのように視線をそらした。
シエルは首をかしげたが、クロードはすぐに、いつもの調子に戻った。
「ルシアン。しかし、時間がないです。本格的な冬がくるまであと20日もない。まずはヴァイスベルク将軍に許可を取らないといけません。一緒に来てください。夕方には発ちます。貴方が一緒なら、夜の旅になっても怖くない。」
「人を化け物みたいに言うな。あの、シエル。すみませんが、留守を頼んでいいでしょうか?すぐに戻っ……」
気がつくと、シエルはルシアンの袖を掴んでいた。ルシアンが驚いた顔をする。シエルはすぐにそれを離した。
「申し訳ありません。失礼しました。あの……私も、ご一緒させて頂けないでしょうか?」
思い切ってそう言う。ルシアンが目を丸くした。
「いや、しかし、日が落ちての移動になりますし、夜は魔物が……」
「ルシアン様がいれば問題ないと、先ほどクロード様がおっしゃっていました。」
「それは……」
ルシアンは困ったようにクロードを見た。
「ルシアン。今回の功績はシエルさんにもあります。貴方は使用人の功績を横取りするのですか?」
「いや、そんなつもりは!」
「なら決まりですね。大丈夫です。私も剣は使えます。魔物が出たらシエルさんは私が護りますので、貴方は魔物の殲滅だけ考えればいい。」
「いや、だから、人を化け物みたいにだな。」
ルシアンはまだ文句を言っていたがどうやら連れて行ってもらえそうだ。
クロードがルシアンを言いくるめながら片目を瞑って見せた。それはとても紳士的で、いつかのジャンのものとは大違いだった。




